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戸惑い
「紫乃!」
次の瞬間、僕は彼に抱きしめられていた。
それは夢の中の光景のように、隙間もなく、力一杯に彼の腕に引き寄せられる。
「ずっと、会いたかった、ずっと探していた! もう会わないと言われても、探すなと言われても、そんなの無理に決まってる。お前が好きなんだ、どうしようもないくらい好きなんだよ! 今更この想いを、なかったことになんて出来るはずもないんだ」
強い、けれどただ想いをぶつけるだけではなく、僕が苦しくならないようにか抑え込まれた力は、震える手に集約していた。
しゃがみこむ僕を掻き抱き、頭に回った手はくしゃりと僕の髪を撫でつける。
でも僕は、彼の背中に手を回すことができなかった。
彼の言ってる『もう会わない』とも、『探すな』とも、僕は言った記憶がなかった。
彼は何の話をしているのだろう、誰の話をしているのだろう。
そんな彼の中にいる知らない僕に戸惑い、瞳を彷徨わせることしかできなかった。
「紫乃……もしかして、霊力を吸われたのか?」
「……うん」
僕が戸惑っている事にも気づかずに、立てないことには気付いた彼は顔色を窺うように尋ねてきた。
僕の下がっている眉を突然の再会に戸惑っているだけだと思っているんか、彼は「そうか」とだけ返すと、いきなり顔を近づかせてくる。
「っつ!」
それは、キス。
僕の、初めての、ファーストキス。
「……な、何するの!?」
一瞬頭が真っ白になったが、僕はすぐさま彼を自身から引き離した。
男にしては無い力をかき集め、両手で彼を押しのける。
「何って……霊力、分け与えようと思って。どうした、キスなんて何度もしてきただろう? 久々で、戸惑ってるのか?」
「そんなの、知らない!」
彼の行動も視線も甘いのに怖くて、僕は叫んでいた。そんな僕に、彼は虚を突かれたような顔になる。
「な……何言ってるんだ、紫乃……? まさか、俺の事、分からないなんて言うんじゃ……」
「分かんないよ! 君が誰なのかも、何で僕の名前を知っているのかも、何もかも! 霊から救ってくれたことは感謝するけど、いきなり抱きしめられたり、キス、してきたり……もう、訳わかんない……」
頭がパニック状態になり、僕は彼から目を逸らすため立てた膝に顔を埋めた。
やっと僕の様子に気が付いたらしい彼は、息をのみ動きを止める。
彼と僕は、もう何度もキスをしたことがあるらしい。
ということは、さっきのキスは僕のファーストキスではないということになる。
記憶にない僕がしている行為、それもキスという大切な人と為すべき行動に、僕は自分が怖くなった。
キス以外にも何かやらかしているかもしれない、彼以外にも、僕の知らない人が僕を知っているかもしれない。
いや、そもそも――彼の、人違いかもしれない。
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