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告白
「紫乃」
名前を呼ばれ、ビクリと肩が跳ねた。
それで、人違いという考えを完全に頭から消し去る。
名前も、きっと彼の中の僕と容姿も合っているのだ、人違いだなんて、あるわけがなかった。
「俺の記憶を消したというのなら、それでもいいよ。あれがそれほど紫乃にとって辛いというのなら、それでもいい。でも、俺と居たくないと言うのだけはダメだ。記憶を失ったのならまた一から始めたらいい。無くしてしまったものが、戻らなくたっていい。でも一つ、これだけは言わせて」
顔を上げると、瞳を細めた彼の視線とかち合った。
そしてその瞳に射すくめられたまま、彼は続きを口にする。
「俺はお前が好きだよ。これだけはずっと変わらない、俺の気持ちだ。だからそれだけ、覚えておいて」
優しく、甘い彼の言葉。
その言葉が身に浸透していくにつれて顔が熱くなり、また僕は力いっぱい膝におでこをくっつける。
(何これ、何これ、何これ……!)
夢の中の僕の感情と、まるで同調したように鳴り響く心臓の音。
『好き』だと、そう言われたのは僕ではない僕なのに、まるで僕に言われたように錯覚してしまいそうになるほど、甘美な台詞。
「ちょっと、我慢してな」
そんな自身の感情を押し込めるのに必死な僕に、躊躇いがちに彼が手を伸ばしてきた。
ギュッと握りしめている僕の手に優しく触れ、何やら温かいものを流し込んでくる。
「……霊、力?」
「ああ。このままじゃ辛いだろ? ちょっと送りづらいけど、やらないよりはマシだから」
彼の笑顔に導かれるように、そっと顔を持ち上げた。
柔らかな色を携えた彼の瞳は、黒から藍色になり、僅かに光っていて。
――綺麗だ。
告げられた台詞も一時忘れ、素直にそう思った。
「よし、これでちょっとふらつくけど、歩けないほどまでじゃないと思うから。そろそろ動かないと、紫乃を探しに人が来る。急ごう」
彼の言葉に、僕はハッとなって辺りに耳を澄ませた。
霊に追い詰められたり目の前の彼に心を乱されたりと色々あって忘れていたが、今は肝試しの最中なんだった。
あれから何分過ぎただろうか、田口くんはどうか知らないが、少なくとも瑛斗は僕の事を必死に探しているはずである。
「紫乃!」
と、彼の手を借りて立ち上がった所で、タイミングよく瑛斗の声が聞こえてきた。
僕の前にいる彼を敵だと認識したのかものすごい勢いで駆け寄ると、僕と彼の間に自身の身を滑り込ませる。
「大丈夫だったか、紫乃」
「うん」
安心できる人の存在に、僕はホッと息をついた。
彼の側にいたら持たない心臓も、瑛斗といると段々と落ち着いてくる。
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