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普通とは違う自分
「紫乃」
けれど次の瞬間、僕の様子を気遣っていた瑛斗を潜り抜け、彼が再び僕の手を取った。
止める間もなく、その手に彼の唇が押し付けられる。
「俺は、真斗。白羽真斗だ。これからよろしく、紫乃」
「……てんめぇ!」
時が止まってしまったような中、動き出した瑛斗は彼……白羽くんに拳を上げた。
けれど飄々とそれを避けた白羽くんは、手をひらひらと振り、「じゃあ、また」とどこかへと立ち去っていった。
その様子を呆然と見えなくなるまで背中を追っていた僕の手を、瑛斗は無理やり手に取る。
「紫乃、あいつに何かされなかったか!?」
「……何か、って?」
「さっきされたみたいなことだよ!」
さっき、されたこと……。
瑛斗の台詞を、頭の中で反芻する。
途端に、先程されたキスが頭に浮かんで、再び顔に熱が集まった。
「何かされたんだな!? 何された、言え、紫乃!」
「な、何もされてないよ! うん、何もされてないから、大丈夫!」
「嘘が下手なんだよ! 白状しろ、な!?」
肩を揺さぶられながら否定しても、瑛斗は僕の言葉を信用してはくれなかった。
彼がキスしたのは過去の僕に対して、よって僕には何もしていない。
あのキスを、僕は無かったことにすると決めたのだ。
だから何もされていないというのに、瑛斗は僕から何があったのか必死に聞き出そうとする。
「お~い、見つかったか?」
瑛斗に詰め寄られてどうしようかと戸惑っていた僕の元に、緩い声が届けられた。
声と共に姿を現したのは、田口くんとそれから、黄木さん。
「おぉ瀧川、急にはぐれたから心配したぞ。何もなかったか?」
「うん……ごめんね、田口くん」
「あなたが消えたって言った時の頼城くんの顔、見物だったわよ」
「……勝手に見世物にすんじゃねえよ」
二人の登場により、瑛斗の詰問が漸く鳴りを潜めた。
どうやら一旦肝試しを中止にして僕の捜索をしていたようで、彼らと共に帰ると皆から心配そうに見つめられ続いて「良かった」という声が掛けられた。
僕が帰ってきたことにより肝試しは再開したけれど、はぐれたのは僕だけ。
それがちょっと恥ずかしかったけれど、仕方がない。
僕は普通の人と少し違う。
見えないものが見える、そしてそれに怯えて暮らしている。
ちっぽけで弱い僕は、霊が見えない瑛斗にずっと守られてきた。
でももう中学三年生、瑛斗と高校が同じだとは限らない。
何とかしなくてはいけない、一人でも行動できるように、自分の身を自分で守れるように。
けれどその思いだけで、具体的にどうしたらいいのか分からない所に現れた、白羽くんの存在。
彼はきっと僕と同じ、霊が見える体質の持ち主。
同じ年代で僕と同じような人に会うのは初めてだった、それに彼の、『好き』だと言った言葉。
「……っつ!」
何度思い出しても赤くなってしまう頬を隠すように、僕は視線を俯ける。
彼が何でここにいたのかも、普段どこにいるのかも分からない。
だからまた会うのがいつになるのかも、当然ながら分からない。
けれど早くも、その日が待ち遠しい、だなんて。
(ダメだ。簡単に、流されちゃ)
彼が好きなのは違う自分。
彼の視線にも、態度にも、甘い言葉にも、簡単に流されてはいけない。
そう何度も心に言い聞かせ、残りの肝試しの時間を僕はボウッとして過ごした。
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