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溢れる感情
「俺の話よりも、紫乃だ。さっきの霊と、何を話していた? 何かされたのか?」
「……契約を、持ちかけられた」
「は?」
「多分、使役の事を言っているんだと思う」
「何だ、それは……自分から使役の話を提案するなんて……他には? 何か言っていなかったか?」
「……ううん」
口を開いて、それからすぐに僕はそれを閉じた。
言っては、いけないような気がした。
それはあの霊が言っていた、『白羽家に囚われ続けているある人物を救いたい』という言葉が脳裏にちらついたからか。
白羽家はマサの生まれ育った家、少なくとも現・当主の父の事は、マサは尊敬していた。
そんなマサに、白羽家の黒の部分を聞かせても良いものかと迷って……それを、僕は飲み込んだ。
不審そうに僕の様子を探るマサは、僕がそれ以上喋る気がないと悟ると、はあっと大きなため息をつく。
そして僕を、自身の胸に引き寄せた。
「抱え込むのは、お前の悪い癖だぞ? 今まではお前の側にいれなかった、でもこれからは違う。側にいて、支えたいんだ。些細な事でもいい、お前の見聞きして感じたもの、考えた事が知りたい。なあ、さっきの霊と何があったんだ? 何でそんな、辛そうな顔をする?」
頬を撫でられ、僕は自身が唇を噛みしめていた事に気付きすぐに元に戻した。
それでもさわさわと撫でる手は止まず、細められた目が温かな光を僕に落とす。
「お前はすぐに顔に出る。隠そうと考えた事も顔に出て、抱え込もうとしたこともすぐにバレる。だから、無駄だぞ」
隠そうとしても、と言われたその言葉で、じわっと何かがせりあがってくるような気がした。
この人は僕のことをきちんと見て、見守って、支えて、愛してくれる。
それがたまらなく嬉しくて、愛おしくて。
「好き」
感情が言葉となって零れた。
にやけて赤く色づいた顔を見られないように、胸板に頭をぐりぐりとこすりつける。
「おい、誤魔化すな」
そう言葉では言いながらも、あやすように髪の間を行ったり来たりする手は急かしてなくて、好きな人に包まれて、心臓が忙しなく音を立てる。
「マサ、心臓早い」
それは彼も同じだったらしく。
自分の音とマサの音、二つが混ざってどちらの音か分からないくらい、溶けていく。
「当たり前だろ? お前から抱き着かれることなんて滅多にないんだ、早くもなる」
「嬉しいの?」
「ああ、もちろん」
「そっか」
出来るのなら、ずっとこうしていたい。
触れ合ったところからじわりと温かくなる体温を、共有していたかった。
久しぶりにあんなに霊の近くにいたから、今更になって止まっていた震えがぶり返しそうになったが、こうして包まれているとそれも落ち着く。
震えも感じないくらい力強く抱きついて、それをマサが受け止めて。
けれども近づいてくる足音に、やむなく僕は彼から離れた。
入り口からひょいと顔を覗かせた三谷原さんは、「あれ?」と首を傾げる。
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