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最初から
ひっく、ひっくと声を上げながら、僕は瑛斗くんから離れた。
涙を拭い俯きながら「ありがと」とだけ言って、彼の元から離れる。
「マサ」
心ここにあらず状態のマサに声を掛けると、ハッとしたように彼は顔を上げた。
「紫……乃……」
か細く蚊の鳴くような声で小さく呟いたマサは、縋るように僕の手を取る。
「俺は……あいつを、苦しめてたのか? 『好き』の感情を、押し付けていたのか?」
「…………」
「確かに、最初は紫乃の一部だから、愛さなければいけない、そんな義務感から告白していたかもしれない。でも最近は……人となりを知った今は、はっきりと『好き』と言えるくらいには、感情は育っていた」
「うん……僕らを一人として見てくれたこと、僕は嬉しかったよ」
目尻に涙を浮かべながらも何とか泣くのを堪えているマサに、僕はなるべく穏やかに話しかけた。
マサは僕らを一人の人として、それこそ丸ごと愛してくれようとしていた。
けれどあの子は僕らが違う人物、二人の人と捉えていて、僕を気遣って身を引いた。
僕らはまだ会話ができない。
互いが外に出ている時の発した声からしか、互いの考えは読み取れない。
だから今、あの子が起きていたら、僕がどう思っているのか伝える事が出来たのに……残念ながらあの子は、泣き疲れて眠ってしまっていた。
でも僕の思いを伝えて、愛してくれるマサを好きだと言うのなら共に愛したいと伝えた所で、身を引くという覚悟は簡単には覆らないだろう。
マサにとっては一人に見えても、やっぱり僕らにとっては二人の、肉体を共にする別れた人格なのだ。
どうしたって互いの感情を真実と証明する事などできないし、今のままでは苦しいだけだ。
だから――。
「ねえ、マサ。あの子は入学しないと言っていたけど、それは嘘だよ。マサに知らせないために入学しないって言っているだけで、本当は入学するつもりだ。そして初対面として接して、もう深くは関わらないつもりなんだよ。だから、ね」
引かれた手を握り返す。そして強く、その目を見つめた。
「最初から、やり直そう? あの子との関係を、僕抜きでリセットするんだ。そうして考えて、答えを出してみて。互いの『好き』を、確かめてみて」
僕がそう言うと、耐え切れなかった涙が静かに零れた。
それを右腕で拭うと、僕の手を両手で包み、胸の前に掲げる。
「お前はそれで、良いんだな?」
「うん。マサが僕らを好きと言って、あの子も好きだって言って……そんな未来が、早く来れば良いのにって思ってる」
でも、平等に愛して欲しいかな、と言うと、やっといつものマサに戻ったみたいだ。
今度は右手で王子様のように持って、手の甲に口付けた。
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