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第50話※

 しかし気がつけば身体は那智であろう人物の元へと走って向かっていた。  「那智?」  肩に手をおき、名前を呼ぶと那智はゆっくりと俺の方を向いてきた。    「けい...ご、」  その時の那智の表情は俺が予想していたのとは全く違っていた。  那智は泣いていた。涙で頬を濡らしていた。  まさかの事態に驚き、啓吾の頭の中は真っ白になってしまう。那智はというと特に泣いている理由は言わず、必死に涙を止めようと拭ったりを繰り返していた。  俺がなんとかしなくては、そう思った瞬間啓吾は那智の腕を掴み、街の中を歩いていった。  啓吾の急な行動に那智は戸惑い、歩いている間何度も手を離そうとしてきたが啓吾は離すことなく歩き続けた。  そのうちに那智も諦めたのだろう、抵抗するのをやめ俺にこれからどこに行くのだと問いてきた。  とりあえず那智の気分を上げなくては... それを考え啓吾は那智を近くのカラオケに連れていくことにした。  那智は呆れた様子だが、ついてきてくれた。その時には那智の涙も、もう止まっていて少し安心する。  それから啓吾は那智とともに歌い続けた。 時間の経過とともに那智も段々と回復した様子で、ふとした時に笑ったりしている。  でも那智は最後まで何かを考えていて俺は何度もそのことを聞こうと思ったが、いざ口に出そうとすると言えなくなってしまう。  これは俺が聞くことじゃない。もし言いたいなら那智から俺に言ってくる。  そう思い先程のことには一切触れずにその日は那智と接した。  だけど今思えば、この時もっと楽しんでおけばよかった...などと考えてしまう。  急かもしれないが、この時俺が真剣な顔して本当の気持ち...好きだという気持ちを那智に伝えていたらあんな風にはならなかったのかもしれない。  しかしそんなこと今さら考えたってもう何も意味をなさない。

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