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第55話
「先輩、やっぱり空き教室に行きましょう」
「ま、待てよ啓吾!」
背を向け歩き出す啓吾の腕を那智は無意識に掴みとめていた。
「...離せよ」
そんな那智を啓吾は冷めた目で一瞥し、ドスの聞いた低い声でそう言ってきた。
―こんな啓吾、俺は知らない。
啓吾に会った瞬間は驚きが勝って気がつかなかったが...啓吾は雰囲気が少し変わっていた。
中のYシャツはボタンを2つ開けて学ランは1つもボタンを閉めずに腕を通しているだけの状態だった。
表情も暗く、前の能天気な姿など想像もできない...うわさ通りの、姿だった。
「嫌だ。離さねぇ」
でも...それでもこいつは啓吾だ。それに変わりはない。
それにここでこの手を離してはいけない...直感でそう思った那智は掴んでいる手に力を込め握り締める。
「清水君...」
「...すいません先輩、今日のところは帰ってもらってもいいすか」
すると戸惑っている先輩に向かって啓吾はあまり感情のこもっていない声でそう告げた。
先輩は最初その言葉を素直に聞こうとはしなかったが、しばらくすると諦めたのか溜息をして啓吾に何かを耳元で言うとそのまま軽やかに踵を返していった。
「あ、あのさ啓吾...」
「それじゃあ、俺も帰るから」
しかし俺が聞く前に手の力が緩んだ隙をついて啓吾は俺の手を振り払うと背を向け歩き出した。
まるで何も聞きたくないし話したくもない。そう言っているかのように。
「な...なんなんだよお前...っ、なんでそうやって急に俺と距離を置こうとしてんだよ!ほんと意味わかんねぇ」
「...」
那智は溜まっていた感情をそのまま露わにして叫ぶように言った。
すると啓吾立ち止まったが、こちらを見ることはしなかった。
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