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第63話※啓吾視点
「那智...」
一人階段に座り込む啓吾の口から出た言葉は、自らの手で今さっき傷つけた想い人の名前だった。
―俺は那智を抱いた...いや、無理矢理犯したんだ。
本当はこんなことするつもりはなかった。なのに、気がついたらこんなことになってしまった。
何を思ったのか、急に那智の目の前に現れた湊 琉依。
那智は男なんか絶対に好きになんてならない。そう思って俺は那智の“親友”という位置についたのだ。
なのに...それなのに...っ。
あいつが、湊が現れたせいで...
このまま親友という立場のままで那智と湊の仲が深まっていくのを見ているのが嫌だった。
その位置にいたって、辛いだけだ。
でも、俺に勝ち目があるとは思えなかった。
俺が那智に好かれるなんてありえないことだとわかっていた。
だから那智と距離を置こうと思ったのだ。
隣には女を置いて、いないときにはムシャクシャした気持ちを落ち着けようと暴力に明け暮れる日々。
なのに...それなのに、那智は偶然会った俺を引きとめてきた。
何故自分と距離をとるのだと問いてきた。俺の行動も否定してきた。
何も知らないでそんなことを問いてくる那智に勝手にイラついて...そして、
でも、結果的にいえば那智を抱いたんだ。那智のあの様子を見れば、多分俺が初めてだったに違いない。
俺が那智の処女をもらったんだ。それだけで幸せだ...満足、だろ?
那智は情事の最中、ふとした時に湊の名前を出していた。
俺に犯されてるのに湊のことばかり考えていたのだ。それだけ今の那智は湊のことが...
悔しかった。悲しかった。ムカついた...なんで...なんでずっと一緒にいた俺よりも湊のことが大切な存在になったんだ。
「それでも那智の初めては俺のものだ...俺だけのもの...」
そして先程の行為を思い出しながら天井を見上げ、ゆっくりと瞼を下ろす。
「あ、啓吾」
「...優也」
すると誰かが階段を上ってくる足音が聞こえ、声をかけられるまま瞼を開ければ何やらたくさんのプリントと2人分であろう教科書とノートを持った優也がいた。
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