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第92話

 『お前のせいだっ!!お前のせいで望が泣いてるんだ』  容赦なく振り下ろされる足。  『お前なんかと関わらなければよかった。あの時の俺は本当にどうかしてた』  俺を貶し、非難する言葉。  教室の中では俺を蹴る鈍い音、湊の冷たい声に、俺の悲痛な声だけが存在していた。  『お前が憎い...っ、』  鋭い目つきでこちらを見る湊の瞳。嫌悪を示している瞳。  ― もう、やめてくれよ。やめてくれ...っ。暴力も非難する言葉もその瞳で俺を見るのも...  全部お願いだからやめてくれ—————    ― ...ポーン...ピンポーン、——  「っ!!...はぁ...はぁ、」  家中に鳴り響いているチャイムで目を覚ませば、見慣れた天井が視界に写った。  「夢...か、」  荒い息を整え、うなされていたのか掻いていた額の汗を拭う。  時計を見ればもう少しで17時になるというところだった。  そこで漸く自分が学校を休んでいたことを思い出す。  体中が痛くて動くのが億劫だった。だからずっとベッドに伏せて眠り続けていたのだが...そのせいか体の節々が痛い。  ― それにしてもあんな夢ばかり。昨日の夜も見たし、今もまさに見ていた。  昨日のことを繰り返し繰り返し、夢で見ていた。  ただでさえ忘れたいことなのに...これでは余計に脳裏に焼き付いてしまう。  ここまでくれば、那智の口からはため息しか吐きだされなかった。  「...にしても、しつけぇな」  先程の夢で気分が落ち、体中が痛くて動きたくないというのに早く来いとばかりにしつこくチャイムが鳴らされる。  しょうがなく思い足取りで部屋を出ると階段を下り玄関へと向かった。  「はーい...どなたで———」  わざわざ居間にあるインターフォンで人物を確認するのも面倒臭く感じ、部屋から玄関に直行した那智はそのままガチャリと扉を開けた。  「遅せぇよ、ばか」  「って、え...っ、」  扉を開けるとそこにいたのはムスッとした様子の啓吾の姿。  玄関口で固まる那智をよそに啓吾はズカズカと家の中に入ってきた。  「ちょ、ちょっと待てよ!何でここに———」  「俺がここに来ちゃ悪いのかよ」  「いや...そういうわけじゃないけど、」  関係が悪くなってからは、啓吾から那智の元に来ることなんてなかったのだ。  —それに俺のことが嫌で同じ空間にいたくないんだと思っていた。  「俺と一緒にいるの嫌なんじゃ、ないのか」  「別に誰も嫌なんて言ってねぇだろ」  そう答えながら啓吾は勝手に那智の部屋へと向かって歩いていく。  啓吾のその言葉に再び那智は固まり、啓吾の言葉を何度も頭の中で繰り返す。 そしてその状態のまま先を歩く啓吾の後を追った。  — 親友になりたくないということは俺の近くにいたくないってことじゃないのか...?  だが、今の状況を見ればわかるように啓吾はわざわざ自分からここへやってきた。  正直、啓吾の考えていることが全く分からない。  部屋に入ると啓吾はいつもの...前まで那智の部屋に来たときにいつも座っていた定位置、勉強机の椅子にどかりと腰を下ろした。  そんな啓吾を見て懐かしさを感じ、思わず感傷に浸ってしまった。  後に続いて那智はベッドに背をあずけて、床に座る。それからは何ともいえない沈黙があたりを包んだ。  那智自身、何度も口を開きかけるがその度に啓吾にされた事を思い出し、黙り込んでしまう。  「あ...」  啓吾を横目で見ればバチリ、と目が合い、気まずさですぐさま視線を逸らす。  「今日...なんで学校休んだんだ」  「え...」  気まずい沈黙の中、窓の方を見ながら啓吾は口を開いてきた。  だが、まさか「湊に暴力を振るわれたから、」なんて答えられるはずもなく...  「サボ...リ、?」  「何で語尾が疑問形なんだよ」  ついつい考えながら口に出したため語尾が上がってしまった。それにはさすがに、なぜこんな嘘さえ普通につくことができないのだ、と自分を責める。  「それより、啓吾こそ急にどうしたんだよ。てか...その...望は来て、ないのか?」  最後の方はたどたどしくなってしまった。明らかに様子がおかしいとバレてしまう。  だが湊にされた暴力の後で、望の話を普通にできるほど自分はしっかりとした器をもっていない。  「何、挙動不審。望はまっすぐ家に帰った。俺がここに来てることも知らねぇよ」  「そう、なんだ」  心の中でホッと安心した自分がいる。啓吾が那智の家に来たことを知らない望。その事実にひどく安心した。  「てかさ、望のことよりも...———その腕の痕、どうしたんだよ」  「...っ、」  思わずハッと息をのみ、顔を伏せる。 聞かれるとは思っていた。しかし、いざ実際にその内容に突っ込まれると動揺してしまう。  今の啓吾がどんな表情をしているのか、怖くて確認ができない。しかし痛いほどに突き刺さる視線がこちらに向けられているのは分かった。  「おい、どうなんだよ」  黙りきった那智に対して、啓吾の口調には次第に怒りが含まれてくる。ビリビリとした空気に、これ以上黙っていることはできないか、と観念して那智は口を開いた。  「このケガは、ちょっと階段滑って転がり落ちてできたやつ。それはもう、すごかったんだぜ?恥ずかしいのなんのって、」  「本当なのか?」  「...こんなことで嘘ついてどうすんのさ」  啓吾は逸らすことなく那智のことをまっすぐに見据える。だが、そんな瞳を那智は直視することができずに逸らした。  目を合わせてしまえば、本当のことを言いそうになった。それだけ啓吾の目はいつにもまして真摯なものだったのだ。  「お、俺何か飲み物持ってくる、」  さすがに居たたまれなくなり、そう言い那智は部屋を出ようと啓吾の横を通り過ぎた。————その時、  「け、啓吾っ?」  服の裾を掴まれ、那智の歩みは止められてしまった。

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