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第10話

  ――どうして、もっと早く気づけなかったんだろう?  その未来が見えたとき、既に複数の松明の灯りが木々の向こうへと迫っていた。  元々足を(わずら)っていた母親は、チカとは違い走れない。 『大丈夫、殺されはしない。いつか……必ず会えるから』  だから生きなさいと言われたチカは、穏やかだった母が初めて見せた気迫に圧される形で、家を飛び出し、暗い山道を当て所もなく駆けだした。 ――こんな力……いらないっ。  大切な人も守れないような中途半端な力ならいらない。 ――どうして……どうして……。  涙を流し、嗚咽を漏らし、それでもチカは走り続けた。ただがむしゃらに、暗い森の中を疲れ果てて倒れるまで。  そして、次に意識を戻した時、チカはそれまでの記憶の全てと、未来が見える能力とを……両方とも失っていたのだ。    *** 「なんだ?」  屋敷へ戻ってきたハルは、灯りがついていないことに首を傾げて呟いた。  ただ、この時点ではそれほど疑問に思わない。チカが昼頃書庫へと入り、そのまま出てきていないことを、ちゃんと知っているからだ。  だから、きっと本を読みながら、眠ってしまっただけだろうと考えた。 「ただいま」  静まりかえった屋敷の扉を開いたハルは、荷物を置き、そのまま書庫へとまっすぐ進む。  眠るチカを優しく抱きしめ、驚かせてやろうなどと考えていたハルだったが、書庫のドアを開いたところでその表情は一変した。 「……チカ?」  呼びかけながら灯りをつけ、カウチソファーで眠るチカへとハルは大股で歩み寄る。彼の姿を目にした途端、ただ寝ているだではないと一瞬にして理解できた。  顔色がいつもより青白く、吐き出す息もかなり浅い。頬へ触れると氷のように冷えていることに驚いた。 「いったい、何が……」  華奢な体を抱き上げながら、力を使って違う部屋にある暖炉にすぐさま火を灯す。同時に浴槽へ温い湯を張り、駆け足で風呂場へ移動した。  本当なら、力を使ってチカの体を温めるのが早いのだが、神とはいえど若いハルには熱を操るのが難しい。  火を起こしたり消したりするのはさして難しく無いのだが、人の体温をその内側から温めるような繊細な力は今まで使ったことがなかった。

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