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第15話

『……』  既視感に、寒いわけでもないのに背筋を悪寒が走る。  しばらくの間動けずにいると、木々が風を受けてざわつきはじめ、驚いたチカは恐怖に駆られ、ただ闇雲に走りはじめた。 ――こわい、こわい。  こんなことが以前にもあった気がするが、思い出すことはかなわない。追われている訳でもないのに逃げるように森を駆け、最終的には足が絡んで草むらの中へと倒れ込んだ。 『うっ……うぅっ』  ポタポタと涙が零れ落ち、チカは地面へと爪を立てる。 ――僕は、なに?  ハルとの平穏な暮らしの中で薄れかけていた不安や惑いが、あの泉を見た瞬間から……湧き水みたいにあふれ出た。 『……ハル、ハル』  こんな時、縋れる名前を他に知らない。だから、小さな声で呪文のように何度も名前を繰り返す。  すると、突然体がフワリと包まれ、そのまま宙へと浮かび上がった。 『ようやく可愛い声が聞けた』 『……っ!』  チカの唯一知っている声と、少しだけ荒い息づかい。ハルに抱き上げられたのだと……分かった途端、安堵のあまり力が抜けた。 『ハル、ハル……』  実際には、全ての行動をハルに見られていたのだが、そんなことは知る由もないから、厚い胸へと頬をすり寄せチカは名前を呼び続ける。 『あまり遠くに行くなと言っただろう』  (たしな)めるようにそう言われたから『ごめんなさい』と謝ると、瞳を大きく開いたハルが、『驚いたな。喋れるじゃないか』嬉しそうに微笑んだ。  その笑顔を見ているうち、いつのまにか心の不安は消え去って……それから徐々に、ハルの傍らが自分の場所だと素直に思えるようになった。

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