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第20話

 黒の一族は人間だが、神も持たない未来を見通す能力があると言われている。  ただ、最初は便利に黒の一族を利用していた人間は、その能力に恐れを覚えると数年前から魔女狩りと称して彼らを処刑しはじめた。  そこからチカがどう逃げてきたのかは分からない。  ただ、歩いて来れるわけもない場所から、ここへやって来たことは事実だ。 ――神の思し召し……か。 「次はファネルでも許さない」 「怖いな。わかった、野暮はこれっきりにするよ。ただ……その子は人間だ」 「分かってる」  殺すような真似はするなと釘を刺されたのが分かったから、抑揚を消して返事をすると、ファネルはようやく姿を消した。  太陽神は神々の長であり、全てを見通す力があると言われているが、こうして個々の問題へと介入するのは珍しい。  それほどに、黒の一族の生き残りに興味を惹かれたのだろうか?  彼の真意は分からないが、言葉による牽制(けんせい)だけで引いたことには、悔しいけれど感謝しなければならないだろう。  力で彼に及ばないことは分かっていた。 「ちくしょう」  腕の中、死んだように眠るチカの体はあちこち痣ができていて、暴走をすぐに止められなかった自分自身の愚かさを悔やむ。 ――目が覚めたら……。  彼は再び怯えるだろうか?  取り戻した記憶を頼りにここを出て行ってしまうのだろうか? 「……なんだ?」  頬を伝う生温かい感触に、ハルははっきりと動揺する。  指で目元を拭ってもなお、止まらぬ滴は涙と呼ばれているもので、チカはたまに流していたが、まさか自分が流すことになるなど想像していなかった。 『泣かないで』  さきほどチカに言われた言葉が頭の中へとこだまする。  あのとき、きっとチカには見えていたのだ。  ならば、この先どうなるのかも、彼には見えているのだろうか? 「チカは俺の家族だ。だから――」  神の力で操るようなことは一切せず、彼を大切に育ててきた。ハルの手から直接食事を食べるようになるまでには半年以上がかかったし、口移しを受け入れるまでにさらに半年を要している。

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