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第23話
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「チカ、ただいま」
「……ん」
優しい声。額へとチュッとキスを落とされ、チカは重たい瞼を開く。
「おかえりなさい」
ソファーで本を読みはじめたのは覚えているが、どうやら眠ってしまったらしい。傍 らへ本を置いてから、ハルのほうへと両手を伸ばすと、覆い被さってきた彼の腕に強く身体を抱きしめられた。
「変わったことは無かったか?」
「ないよ。ハルは? 街の様子はどうだった?」
「いつもと同じだ」
触れ合うだけのキスをしながら、そう告げてくるハルの表情は、“あの日”を境に憂いを帯びて、以前のような笑みを象ることはない。
本人はそれに気づいていないようだけど、無理に微笑む姿を見るたびチカは胸が苦しくなった。
「今日はチカが好きな蜂蜜を買ってきた」
「ありがとう。ハル、あのね……」
「なに?」
頬へと優しく触れる手のひら。
そこから伝わる温もりに……今日こそは伝えなければと思い、チカは唾を飲み込んだ。
「ハル……僕は、なにがあってもハルの家族で、だから、だから……ゆるして」
どう伝えればいいか分からず、ずっと考え続けてきた。怒っているなら許してほしいし、前みたいに笑って欲しい。
「記憶、戻ってるんだろう?」
「戻ってない」
あの日のあと、断片的だがここに来る前の記憶が戻ってきたことも、赤い髪の男についてもチカは一切喋っていない。
どうしてかは分からないけれど、ハルはチカの記憶が戻るのを嫌がっているみたいだから。
未来についてもあれから全く見えないから、そんな力が今の自分にあるのかさえも分からない。
「僕の家族は……ハルしかいない」
ここへ落とされたその瞬間から、チカの世界の全てはハルだ。どれだけ自分が大事にされてきたのかをチカは自覚している。
だから、あの日は酷く辛かったけれど、それでもハルの家族でいたい。ハルと一緒に暮らしたい。
その気持ちは間違いなく愛と呼ばれる類のものだが、チカは言葉を知らないから、どう言えばいいか分からなかった。
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