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歓迎

「クソ…なんで俺がこんな所に」 見つめる窓の先では次々と景色が変わっていく。 その窓から差し込む光に反射し、烏羽色の髪を更に艶やかに見せながら、ロイランドはその激昂を押さえ込んだような唸り声を出した。気を抜いてしまえばすぐに舌打ちの一つや二つ飛び出ていたことだろう。 「ほら~またそういう事言うんですから。今日は顔合わせだけなんですからね、我慢してください」 ね、という男を恨みがましく睨みつければ男ーーーールナはヘラりと笑って「怖い怖い」とおどけてみせた。 三十路真っ只中なこの男は昔から(それこそ生まれた時から)ロイランドの事を知っていて、取り繕えない分やりにくい。 いつもヘラヘラとしていて掴み所がないのも要因だろう。だがその分ロイランドの扱いを一番心得ているのもこの男に違い。 「じゃあルナ、お前が代わりに行け」 「いやいや。あの“ウルガルフ”が直々に殿下をご指名なんですよ、俺なんてお呼びじゃないです。あとルナって呼ばんでください」 ルナという女子じみた名前をあまり気に入ってないのか、ルナは苦言を呈した。 もちろん、それを聞いて呼び方を変えてやるほど優しい主人ではないと知っての抗議だが。案の定、本人は気にした様子もなく、むしろ嫌がらせなのか呼び続けてやろうという魂胆が丸見えである。 「はっ、忌々しい。だいたいなんで俺なんだ」 「殿下は見た目だけはいいですからね、どっかで見かけて一目惚れでもしたんじゃないですか?」 「わざわざ男をか?」 「殿下、そりゃ差別発言ですよ」 「意味が分からん。この顔が好きだというのならリアスベーラか姉上でも良かっただろ」 「サレアドシュさまは既に婚約者がおられますし、リアスベーラさまも…まぁあらゆる面で殿下に似てはいますがね。ともかく先方はロイランド・アシュルーレ殿下をお呼びなんです。いい加減諦めましょうよ」 やれやれ面倒くさい。そう全面に出すルナは本来ならば首が飛んでもおかしくない程の無礼さだが、そこは長年の付き合いだ。それにロイランドとしても堅苦しくされるよりかはマシな為に見逃している。ーーーーー少々、いやものすごく腹が立つが 「それがそもそも分からないんだよ。“ウルガルフ”が“アシュルーレ”を気にかける要素が全く持って見つからない。彼処はうちと違って名の知れた大国だろう」 「またそんな言い方…国王が泣かれますよ」 「事実だ。うちは確かに魔力に溢れた国ではあるが、それが必要だとも思えない。我が国に肩入れしたところで得なんてないだろう。精々貸しを作ることくらいか?」 理解不能という感情を徐に出す主人に、これは堂々巡りだと早々に悟ったルナは適当に受け流すことにした。 「何度も言ってますけど、そんな駄々こねたって今から向かう場所は変わらないんですから。それにこちら側の方が国としてもお家としても格下なのはご理解なさってるんでしょう。易々と断れるような話じゃ無いんですよ」 諦めなさいと言外に言うルナにロイランドは先程まで開いていた口うるさい唇を閉じた。 ロイランドとて分かっているのだ。 確かにロイランド自身は魔術師としてほかの追随を許さないほどの優秀さを持つ男だが、国として見ればほんの少し魔力量の多い子が産まれやすい魔術国家なだけ。 それに比べ相手は大陸のものであれば皆一度は聞いた事があるほど有名な大国だ。うちに頼らずとも大国一の武力を持つ彼らが、今更魔術師を必要とするとはどうにも思えないのだ。それに数は少なくとも、ウルガルフに魔術師が居ないというわけでもないだろう。 まぁ黒い噂なんて聞いたことがないから、今回断ったからといってウチが潰される。なんて寝物語みたいなことは起こらないだろうけど、十分な醜聞にはなるだろう。 なんせ“ウルガルフ”のご子息との結婚は、各国がパイプ作りの為にもと喉から手が出るほどに望んでいることなのだ。 加えて噂によればかの家の王子王女は皆見目が麗しいと言う。それも相まってか、ぜひにと言う者が絶えない。学生時代、一度婚約を狙っている令嬢の会話を聞いた事があったが、まるでハイエナだったとロイランドは記憶している。 だがロイランドは、国の為ないしは家の為だと言われてもやはり納得はできなかった。 「俺は、誰とも結婚する気もましてや…番になんてなる気はなかった」 「殿下…」 番ーーーーーアルファとオメガのみが行うことが出来る魂による契約。アルファがオメガの項を噛むことによって成立するそれは、ロイランドからすれば生涯外すことの出来ない首輪で繋がれるも同然だ。 そしてロイランド自身が、自分がオメガであることを認めてしまう事に他ならない。それが堪らなく、許せなかった。 珍しくその瞳に陰を落とす主人を見てか、ルナも思わず心配したような声音を出した。 同時に、自身の主人がそんな甘えた可愛げのある性格では無かったことをうっかりと忘れていた。 「よし。こちらからの破談に問題があるのならば向こうにこの縁談を破棄させよう」 「…はは、せめて恥にならないよう上手く立ち回ってくださいね。外面はいいんですから、有効活用してください」 やけに座った目をして名案だと顔を輝かせた主人に、だがそれでこそだとルナは呆れたように苦笑した。

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