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見渡す限りの美しい、色とりどりの花々に囲まれた庭の見える一室で、ロイランドは繊細なデザインの施されたソファに腰掛ける。花々はその一本一本が鮮やかに咲き誇り、傷んだ花など見受けられない。
人目見て素晴らしいと分かる庭に、これを見た者は心癒されることだろう。
しかし一方で、ロイランドの機嫌は依然として悪いままだった。
「本日は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ素敵な歓迎をしていただき光栄です。素晴らしい庭園ですね」
「はは、ありがとうございます。祖父の趣味でして。是非後でゆっくりご覧になってください」
にこにことロイランドに負けないほどの笑顔を貼り付けた一見軟派そうな男は、手馴れたようにその舌に差し障り無い言葉を乗せていく。
「ああ申し遅れました。私はジーア・ウルガルフと申します、以後お見知りおきを」
「ロイランド・アシュルーレです。改めまして、本日はお招き頂きありがとうございます」
「そう固くならずに。これから家族になるのですから仲良くしていきましょう」
そう言って再びにこりと笑う男に、ロイランドは真っ平御免だと思いつつも口にはせず、ありがとうございますとだけ言った。
軽薄そうなこの男ーーーーージーアはどうやらウルガルフ家の嫡男らしく、顎下まで伸ばしたストレートの髪の毛を後ろで上部だけ纏めている。常に人好きのする笑みを浮かべているが、どうにも胡散臭い。筋骨隆々というわけではないが程よく仕上がっているようで、立てばロイランドよりも上背があるのではないか。
さり気なく辺りを見渡せば、どうやらこの部屋に居るのはロイランドとルナ、それからウルガルフから三人。王子たちだろう。どうやら先方の両親、つまり王と王妃はこの場にはおらず、今回の件には関与していないらしい。
正直、誰と顔を合わせようとも婚約を破棄して貰おうという意思は変わらない。適当に取り繕って、ダメな面でも見せてお引き取り願おう。もちろん、双方の傷にならない程度に。
今日のロイランドの目的はそれだった。
「すみません、本当はもう一人来るはずだったのですがね、どうも遅れているようでして」
「構いません。どうぞ宜しくお伝えください」
「ありがとうございます」
どうやらもう一人いるらしい。恐らく長女だろうかとロイランドは当たりをつける。ただ彼女が来ようが来まいがロイランドには関係のない話なのだが。
「それでこちらが次男の」
「ランツ・ウルガルフだ、宜しく頼む」
「こちらこそ」
次に紹介されたのは見るからに堅物そうな見た目の男だった。軟派そうな兄とは逆に硬派なイメージだ。
これは女の味も知らねぇわな。とロイランドは無難に挨拶を返しながら胸中口汚く小馬鹿にする。
「それから末の子で、本日の貴方の御相手をさせていただきます」
「リュカ・ウルガルフです。突然の婚約にも関わらず、お越しいただき感激です。貴方にお逢い出来る日をお待ちしていました」
「(こいつか…)」
ぎこちなくも本当に嬉しそうに笑うリュカを見てロイランドは目を細める。首がそわりとする感触に、ロイランドは誤魔化すように髪を払うふりをする。
兄ふたりと同じミルクティー色をしたブロンドの髪とふたりとは違う紫の瞳は、どこか不思議な雰囲気を醸し出している。不義の子かとも思ったが、そんな空気は感じられない。天下のウルガルフと言えども事情があるのだろう。
まるで見透かされそうなその瞳から逃げるようにロイランドは一度瞬きをした。
それよりも、だ。
「(まさかこいつ、子供か…!?)」
ロイランドにはリュカの容姿以上に気になることがあった。
目の前の男は見るからに20を超えるか超えないかの歳だ。いや、恐らく超えていないだろう。だって顔が幼い。
ロイランドの齢は24。例えウルガルフでの成人が18だと知っていても、アシュルーレでは20からがが成人だ。あいにくだが、ロイランドは未成年と付き合う気などあるわけもなく、ましてや幼児趣味などでもない。
それにロイランドにだって好みがある。確かにリュカの容姿はロイランドから見ても素晴らしいと思う。アシュルーレでも、もちろんこのウルガルフでも、好まれる容姿だろう。だがいくら婚姻を結ぶつもりが無いと言っていたとしても、ロイランドの好みは年上の、それも女性なのだ。間違っても歳下の、成人すら迎えていないようなガキではない。
思わずひくつきそうになる頬を、表情筋を総動員することによってなんとか笑顔に押し留める。
「こちらこそお会いできて光栄です。しかしながらなぜ私を?リュカ様のお歳頃ならば、歳を食った私よりも容姿も教養も素晴らしい方がいらっしゃるでしょうに」
まぁそんな奴居ないと思うけど。確かに婚期をやや逃した年齢ではあるが、自身の容姿と聡明さに自信のあるロイランドは密かに胸中で毒づいた。
暗にいいから俺意外と結婚しろ、とも言っているのだが。
「そんな…貴方以上に素晴らしいと思える方なんていません」
どうやら一ミリたりとも伝わっていないらしい。
それどころか一体どう捉えたのかは分からないが、何故か照れたような素振りすら見られる。
「そうですか…」
「はい。ですので今日貴方に出逢えて本当に嬉しい。ましてや貴方と婚姻を結ぶことができるだなんて、夢のようだ」
何勝手に結婚まで進めてんだと再び毒づきたくなるのを必死に堪え、ロイランドは誤魔化すように微笑んだ。
ここまで来るとロイランドは自分の表情筋を褒め称えたくなった。
一刻も早く婚約を破談にしたいロイランドにとってはまるで拷問のような時間だ。
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