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「では夕食時にまたお呼びしますね」
「分かりました」
そう言ってリュカと別れたロイランドは案内された自室に置かれていたソファに深く腰掛けた。その際荒い座り方になってしまったのは仕方の無いことだろう。なんせロイランドのストレス値はギリギリの状態なのだ。
「はぁぁぁ疲れた…」
「お疲れ様です殿下。今お茶をお淹れしますね」
「…頼む」
暫く使われていなかった宮と言えども流石は天下のウルガルフだ。調度品は全て高価なもので揃えられているが、成り上がり貴族が好みそうな下品なものではなく繊細さのある品のあるもの。
片付け、というのがどの程度かは知らないが、ウルガルフの宮だ。もとよりホコリひとつなかったに違いない。
「どうぞ」
「ありがとう」
ぐったりと草臥れていたロイランドの前に紅茶が置かれる。それにゆっくりと口をつけながら、ロイランドは深く深くため息を吐いた。
「なんだこれは喧嘩を売られてるのか?」
「殿下落ち着いてください」
「落ち着いていられるか。ただでさえ男相手などと思っていたのに、その上子供だと?おれは乳母じゃないんだぞ」
「リュカ殿下も来年にはアシュルーレでいう成人じゃあないですか。若い旦那を捕まえられてよかったですね」
気が抜けたのか途端につらつらと溢れ出る愚痴は先程までの人あたりの良いロイランドから一転、最早ゴロツキのそれである。
そんなロイランドの内心を理解しているだろうに、なんて事ないようにいう自身の従者を、ロイランドは恨みがましく睨みつけた。
それならばお前が相手しろ、と猛烈に語る目をルナは見なかったことにして受け流す。
「それに男性同士で結婚するなんて今どき普通の事じゃないですか。少々時代錯誤なのではないですか?」
「お前は本当に俺の従者か?」
「そうですね、従者兼護衛を任されています」
「帰ったら打首にしてやる」
「帰れるといいですねぇ」
へらりと煽るルナにロイランドは今度こそ傍にあったクッションを投げつけた。当然、本国で騎士をしていたルナに当たるわけもなく易々と受け止められてしまい元の位置に直される。
ロイランドはその隙に殴ってやろうかとも思ったが、今回ばかしはロイランドの心身はかなりの悲鳴をあげていたのだ。
どちらかと言えば、主に心が。
見逃してもらったことを感謝しろと言わんばかりに鼻を鳴らすロイランドに、リュカは再びへらりと笑った。
ルナとしてはいつも自身を振り回してくる主人が、こうも弱っている姿 ーーー 苛立ってるだけとも言う ーーー を見せるのが珍しくてついつい構いすぎてしまうのだ。別に日頃の仕返しをしてやろうなどという気はない。これっぽっちもない。
とはいえ、主人が何故こうも男性であるリュカ王太子に嫁ぐことを疎んでいるのかも知っているため、これ以上その御心を乱すつもりはなかった。
ロイランドは人一倍、自身のバースが嫌いだった。
大国の中にはオメガこそが上位種であると崇め奉り、王権を握る国もあるにはあるのだが、逆にオメガを奴隷として扱うような国も無い訳では無い。
アシュルーレはそのどちらも属さない平和で平等な国ではあるが、ロイランドにそんなことは関係なかった。
どちらかに傾いていればよかったという訳では無い。
ただ本来ロイランドが相手するのは他国であるというのが問題なのだ。そういった差別意識のある国を相手とする時、オメガのロイランドはどうしても舐められてしまう。
ロイランドはそれが許せなかったし、あのオメガを見る時の舐め回すような視線が大嫌いだった。虫唾が走る。
なによりも自分がアルファと寝ることが考えられなかった。考えたくもなかった。
だからこそロイランドは自身がオメガの“本能”などというものに押し負けないように。
オメガという括りをを格下に見ることでしか自らを宥めることの出来ない愚か者共を見返してやるために。
誰にも、身勝手に自分の未来を決められてしまわぬように。
身体を鍛え、剣を鍛え、魔力を高め、知識を蓄えて知恵を得た。人の煽り方も、懐柔の仕方も交渉方法も、学び、学び、己のものとした。
その全ては、いつしかロイランドを守る盾と剣となった。
幸いに華奢で力のないものが多いとされるオメガにしては、だいぶ背も伸びたし体重も増えた。そのおかげか、一目見てロイランドがオメガだと分かるものはそうそう居ないことだろう。
これで全てを見返せる。
ロイランドはオメガでありながら、雄の本能が強かったのだ。
「まぁ冗談はさておき」
「俺は覚えてるからな」
「冗談はさておき、今後どうなさるおつもりで?」
何故だかは分からないが、リュカはロイランドのことを物凄く好いているように思う。表情筋は兄であるジーアほど豊かでないにしろ、次兄であるランツよりかは働く。なにより、あの紫色の瞳が爛々と輝きロイランドを見つめるのだ。
それはもう、ロイランドの体に穴が空いてしまうのではないかと言うほど熱烈に。
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