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「どうもこうも、早急に婚約は破棄させる。この際多少の痛手は仕方ない。必要な事だと諦めるさ」 「殿下の場合、そのチンピラじみた素で相手すれば一発で引いて貰えると思いますがね」 「女でもいるだろう?無駄に擦り寄って物を強請ったり独裁を強いるような我こそがと言うやつが」 「え、殿下のことですか?」 「…お前の目は節穴か?俺は物など強請らないし独裁などしない。持ちうる知識全てを使って説き伏せてやるだけだ。 それにだな。そもそも俺は欲しいものは全て、自分で手に入れられる。他人の手なんか要らねぇんだよ」 失礼極まりない部下に、ロイランドは分かってないなと言わんばかりに息を吐く。 本国でも結婚をする気がなかったロイランドは一人で生きていくための知識を既に得ている。数にもよるが、ある程度ならば剣技も磨き魔力も多いロイランドは一人で対処ができる。 虚言でもましてや見えを張っているわけでもなく、本当に他人の手を必要としていないのだ。 ルナもそれを知っているばかりに、あまり口を出すことが出来ない。いやそれでも十分に口は挟んでいるが。 しかしルナとしても、もう少し他人に頼ってくれればと思わない時が無い訳では無い。 伊達に子供の頃から見ていない。例え不敬に当たろうとも、ルナにとってみればロイランドはいつまで経っても年の離れた弟ようなものなのだ。 いくらロイランド自身が力をつけていようとも、加護する対象に違いはない。 「リュカ様は既に殿下に夢中のようですけど」 「それこそ幻滅した時のショックが増えていいだろ」 「いい方だと思いますけどねぇ、将来有望で」 ロイランドを案内していた時のリュカは、それはもう優しく丁寧でその身の全てをロイランドに捧げます。と全身全霊で物語っていた。 ロイランドはそんなリュカを気味悪がっていたが、あれはちょっとやそっとロイランドの駄目な所を見た程度では揺らがないとみる。 もちろん、王族であるため教養は申し分なく、武術に飛んだ国であるが故に日々稽古も行っているという。つまりは身を守るすべを持っているということだ。 これに関してはルナが相手して欲しいと思ったほどで、ロイランドには言えないがそのうちこっそり手合わせを願おうと思っている。 だがロイランドが「お強いのですね」と嫌味を言った時も、リュカは苦笑いをして「兄上…とくにランツ兄様の方が私より何倍もお強いですよ」と躱されてしまった。なんとも謙虚な。 国としてみても、小国のアシュルーレよりも盛んに富んだ国だ。本当に、寧ろどこに断る必要が?と疑問に思うほどに優良物件だ。それほどまでに優秀ならば諸手を挙げて各国の子息子女が手を上げるのも頷ける。 これまたロイランドには言えないが、ルナの中でリュカの好感度はうなぎ登りだ。 「お前はどっちの味方なんだ」 だがやはりそんなものもロイランドにとっては付加価値でしかなく、大した魅力ではないし、そもそも男であることが問題なのだ。 最終的にどう転んでも主人であるロイランドについていく所存ではあるが、やはりどうにか平和に、穏やかに、いざこざひとつなく纏まらないかと願わずにはいられない。 …この主人を見る限り願うだけ無駄なことは承知の上だ。 取り敢えず今は「もちろん殿下の味方です」と笑っておこう。味方ではあるが、それが主人の望む形に収まるかと言われればまた別な話なのだ。難しい従者心である。 しかしそんな事など露ほども気にされない主人は、一言「胡散臭いな」と言っただけだった。なんて酷い。 「しかし本当に何であんなにも懐いてるんだか」 「いや動物じゃないんですから…まぁ殿下は顔だけは、良いですからね。顔だけは。大方どこかで噂にでもなっていたのでしょう。はたまた偶然お見かけになられた際に好みだったのでは?見た目が」 「馬鹿を言え。俺は顔だけじゃなく頭も良い」 性格も、と言わない当たりそこは自覚をしているのかなんなのか。だとしても嫌味なことに変わりはなく、相変わらずだなぁとルナはある意味感心する。そしてそれを口に出してしまうのも、またルナなのだ。 「うわぁ、嫌味な人ですね」 「事実だろ。僻むなよ」 「殿下は謙虚さを王妃陛下の腹に忘れてこられたのですな」 本当に不敬な男だとロイランドは思う。 リュカはロイランドが幼少の頃から仕えていた騎士であり、最も信頼している者だ。だからある程度の発言には目を瞑るしそもそも気にもしていないのだが、ここ最近拍車がかかったように酷くなっている気がする。 それでもこんな異国の地にも着いてきてくれたのだから、少なくとも感謝もしていた。いくら図太さに定評のあるロイランドとは言えど、たった一人で猫被りと駄目な人を演じる気力はない。 居てくれて良かった。そう思うからこそ、今日も今日とてロイランドはルナの不敬な発言を見逃すのだ。 「お前いつか本当に覚えておけよ」 だからと言って言われたことを忘れてやるわけではないが。 にこりと微笑んだロイランドにルナも微笑返し、お互いのあいだにさながら吹雪が吹きかけた時。 トントンと控えめなノックと共に「失礼します」と人がやってきた。 「お休みのところすみません。やはり少しお話をしたいなと思いまして」 リュカだった。 リュカは少し困ったような顔をしながらロイランドと向かい合うように立つ。 この時のロイランドの心境を、ルナはすぐさま、というより易々と理解することが出来た。 恐らく「俺にはない。さっきもう充分話しただろクソガキ」と言ったところだろうか。 しかしここは流石のロイランドである。そんな王族らしくない不良のような考えを一切表に出さず、優雅に微笑んだ。 「是非。私も話したいと思っていたところです」 そんなロイランドの反応を見て何も知らないリュカは嬉しそうにロイランドの手前にある一人がけのソファに「失礼します」と腰を下ろした。 一方でその見事さと顔の皮の厚さに、ルナは一人感心したように頷いたのだった。

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