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沈黙
リュカが腰を下ろしたのを確認し、ルナはひっそりと後ろへ下がる。主人であるロイランドからは、どこへ行くつもりなんだ。と刺々しいオーラを感じるが、普通に考えて主人同士の会話に口を挟むような真似をする従者がどこにいようか。
いくら礼儀も謙遜も置いてきたと言われようとも、弁えくらいは知っている。というかぶっちゃけまだ死にたくない。
そんな訳でルナはいつも通り、ロイランドの視線をガン無視することによって自らの平和と安寧を手に入れたのだ。
恐らく、リュカが帰った後にはこっぴどく、それはもうネチネチネチネチと小言を言われるだろうが。
「それで、話とは?」
早く終わらせてしまいたいのだろう。ロイランドは「さっさと話せやクソガキ」と言わんばかりに(もちろん1ミリも表には出さないが)先を促した。
「あっ、いえ。あの、これといって話す内容が決まっていたわけではないのです」
「そうなのですか?」
「はい…ただロイランド様と御一緒したくて」
そう少し気恥しそうに頬をかくリュカにロイランドは嫌そうな顔をしかけ、引っ込めた。
何も用がないのにただ逢いに来た。その意図が恋愛経験ゼロどころかマイナスに等しいロイランドには理解できなかった。
寧ろ「早く帰れ、俺の憩いの時間を邪魔するな」という気持ちの方が強い。
「部屋の使い心地はいかがですか?」
しかしそんなロイランドの気持ちなど、リュカに伝わるはずもなく ーーー 伝わっても困る ーーー リュカは穏やかな顔をしてロイランドに話しかける。
はてさて何がそんなにも楽しいのやら。
ロイランドにとってリュカとは理解のできないものそのものである。
「とはいってもまだ数刻と経っていないので分からないかもしれませんが」
「いえいえ。大変使い心地がよく気に入っています」
とはいえ、やはりロイランドも小国とはいえども伊達に一国の王子をやってきたわけではない。
当たり障りない程度の会話はお手の物である。
幸いにも向こうから話を振ってくれるため、ロイランドとしてはやりやすいとも言えた。
「そうですか、それは良かった」
「このデザインはウルガルフの伝統模様ですか?」
「その通りです。ロイランド様は博識なのですね」
「たまたま文献で読んだことがありまして」
まさか知っているとは、そう言わんばかりのリュカの反応にロイランドはそれぐらい知っている馬鹿者と言わんばかりに微笑んだ。
ウルガルフの使う伝統模様は大花と草木を細やかに使い、森を彷彿とさせるものが使用されている。
まるで乙女趣味のようにも思えるが、案外ロイランドはこの刺繍を気に入っていた。決してロイランドが乙女趣味な訳では無い。単純に綺麗なものが好きなのだ。
もちろんアシュルーレにも同様に伝統模様があるが、特定としてあるわけではなく、モノグラムや幾何学模様のようなものを基盤として使われている。それだけのものだ。
そもそも本国で紋様を使う時なんて、大体が大型の魔方陣を使用する時だろう。ろくなことが無い。
「我が国ではこういった繊細なものに触れる機会があまりないので新鮮ですね」
まぁ魔法陣も繊細と言っちゃ繊細だが。
「そうなのですね」
「えぇ」
思い返せば益々国が恋しくなる。
家族が恋しいと言った歳ではない。ただあの平和で居心地の良い小国を、それほど時間も経っていないのに懐かしいと感じたのだ。
愛国心などあまり持ち合わせていないと思っていたが、どうやらそれなりにはあったらしい。
ちらりとさり気なくリュカを見やれば、次は何を話そうかと悩んでいるようだった。
ロイランドとしては一刻も早く出て行って欲しいと言う気持ちでいっぱいな為、必要以上に会話を広げるような事はしないし、勿論話題振りなんてものもしない。
リュカは少しの間きょろりと目線を漂わせ、そしてまた口を開いた。
「実は此度の件で兄上に少し怒られてしまいまして」
突然そんなことを口にするリュカに、ロイランドは心底どうでもいいと思いながら続きを促した。
「ロイランド様のご意向もあまり良く聞かず、大国の権利を振りかざし強引に婚約の話を進めてしまったので…。ロイランドもさぞ呆れられたことでしょう」
「そんなことは…」
大いにあるけども。
まるで犬のようにしゅんと項垂れるリュカを可愛いーーーなんて少しも思わずただただ面倒だなと思うロイランド。
強引だと、俺の意見を聞いていなかったと後悔するならば、今すぐにでも婚約破棄を願いたい。
ロイランドの願いはただそれだけだった。
「そうですか…よかった」
だがこんなにも安心しきったような顔をされてそれを言い出せるほどロイランドは図太くない。国としての立場を差し引いたとしても、ロイランドにだって人並みの遠慮と情は持ち合わせているのだ。
なんて、ルナが聞けば大口を開けて笑い明日に流行りが降ると鉄でできた傘を用意するだろうが。
「そうだ、実はロイランド様に紹介したい者がいるのです」
突然リュカが何かを思い出したように顔を上げた
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