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「紹介したい者ですか?」 「えぇ」 話によればロイランドにこちらでの従者を付けようとしているらしい。 ロイランドからしてみれば、こんな国すぐに出ていってやると思っているため全くもって必要のないものなのだが、流石に貴賓客に一人も従者を付けないわけにはいかないのだろう。 「それにロイラン様は従者を一人しかお連れになっていないようでしたので」 気遣いのつもりなのだろう。本当はロイランドが従者をルナ一人にしたのだって、会うだけ会ってさっさと国を出ていくぞ。という遠回しなアピールなのだが、どうやらこの様子では伝わっていないようだ。 もちろん、ロイランド自身があまり多くの人に世話を焼かれるのが好きではないのもあるにはあるのだが。 まぁここに滞在することなったのはかなり想定外な出来事ではあったが、ルナ一人いれば身の回りのことはもちろん騎士の代わりにもなるのだ。ロイランドも自分で自分を護るくらいの力を持っている。 ルナの負担は凄まじいかもしれないが、大丈夫だろう、というのがロイランドの考えだ。 そんなことを言えばまたルナは「酷い主人だ」と泣き真似をするかもしれないが。 「それはそれは…お気遣いありがとうございます」 なんて無難に返してみてもやはり必要とは思えない。しかしロイランドにこれを跳ね返すだけの力と権限はないのも又事実。大人しくこの要らぬ気遣い受け取る他ないのだろう。 「入っておいで」 形だけ受け取って、あとは適当に過ごしてもらおう。そう呑気に考えていたロイランドだが、次の瞬間にはその顔を険しくさせ僅かに眉間の皺を寄せた。 失礼します。と恭しく頭を下げ部屋に入って来たのはリュカよりも歳上だがロイランドよりは若いだろう青年。 この国に多い茶髪とは違い灰色がかった髪に赤茶色の瞳。余り高くない背に華奢な体をした青年は、ロイランドですら美しいと思うほどに美麗な男だった。そしてなにより目立つのは、そんな美しい男の首に巻かれた────黒いプロテクター 「ラジル、紹介を」 「はい。お初にお目にかかりますロイランド様、ラジルで御座います。どうぞ宜しくお願い致します」 「ロイランド様の身の回りの世話はラジルにさせようと思っています。若いですが優秀な者です。良くお使いください」 にこりと微笑む双方に、ロイランドはそれどころではないと叫びたかった。 ラジルという青年。こいつは[オメガ]だ。 未婚の、番のいないオメガは不慮の事故で番になってしまわぬようにプロテクターを首に巻き自己防衛する。 それは言外に、プロテクターをするものは皆オメガであると公表しているようなもので、人一倍オメガを嫌悪しているロイランドにとっては考えられない事だった。 当然、ロイランドなプロテクターなどしていない。その事でとやかく言われることもあったが、ロイランドがロイランドとして生きるためには必要な行為だ。 顔を上げ、目のあったロイランドに再びにこりと微笑んだラジルに、ロイランドは人知れず嫌悪感を抱いた。 「(こいつ、一体どういうつもりだ?)」 それに不可解だった。 確かリュカはアルファだったはず。だからこそオメガのロイランドに婚約話を持ってきたのだ。オメガの男はアルファ同士の夫婦よりも上質なアルファを産むことができると言われている。嫌な話だが、オメガやアルファの中にだって階級は存在するのだ。 そんなアルファであるはずのリュカがオメガのラジルを側仕えとして置いていたというのか? ロイランドに宛てがうほどだ。このラジルという男は元々リュカの従者の一人だったのだろう。 未婚のアルファが未婚のオメガを傍に置く。 その意味が分からないほどロイランドは無知でも愚かでもない。 ロイランドの心にモヤモヤとしたなにかが蔓延る。 それがなんだか分からず、だが嫌悪感には違いないと、ロイランドは無意識に胸元を握りしめた。 「ロイランド様?」 突然黙りこくったロイランドを心配するようにリュカがその顔を覗きこませる。 そんな仕草のひとつですら、今のロイランドには煩わしく感じる。 「すみません、少し疲れてしまって」 「それは…すみません気遣いが足りず…。長旅でお疲れなのでしょう、今日のところはお暇させていただきます」 「大したおもてなしも出来ずに申し訳ない」 「とんでもない、今日はゆっくり休まれてください。食事も直接こちらに運ばせます」 「ありがとうございます」 一通り話し終えたリュカはラジルを連れて部屋を出ていく。 その際こちらを見つめていたような気がしたが、ロイランドはそれにも気付かないふりをした。 途端静かになった部屋で、ロイランドは無作法だと知りつつもソファに横になる。 ルナは心配そうにこちらを見ていたが、特に何を言うでもなく下がったのを見て少しほっとした。 今話しかけられても大した返答が出来なかっただろう。 [オメガ]なんて。 そう思っていたのに。いや、思っていたからこそなのだろうか。 まだ結婚もしていないのだから不貞とは取られないし、そもそも王族なのだからそういった側面で考えれば全く問題ない事柄なのだが、どうにもロイランドには不特定多数と関係を持つ、という事を受け入れることは出来そうになかった。 とはいえ、あの二人がそんな関係だと決まった訳では無いし、どのみちロイランドには関係の無い話だ。 だがまぁ、 「…とことん合わねぇ野郎だな」 クシャりと己の髪の毛を撫ぜ、ロイランドは緩やかに目を閉じた。

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