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ステンドガラスから差し込む光を反射し輝く廊下を歩きながら、目的の場所へと向かう。
ひょんなことから紅玉宮に住まうことになり当初は動揺したものの、姉であるアイリアを恨むことは出来ない。むしろ感謝の念さえあるが、もう子供のようにはしゃげる歳でもない。
だが勝手に緩んでしまう頬をどうにかする術を持っている訳ではなく、結局は手で口元を覆いながら歩くという不振な行為をとってしまっているわけだが。
今もリュカは自身の表情筋と戦いながら紅玉宮の一角。その扉のひとつに手を掛け、迷いなく押し開けた。
「おぉ遅かったな、待っていたぞ」
「……」
中には男が二人。
何故ここに居るのだろうと、不思議に思ったが「ほら早く座りなさい」と促されれば従う他ない。大人しくその指示に従い男ーーー兄達が座る前へと腰掛けた。
「しかしまぁ、あの噂は本当だったんだね」
リュカが腰掛けたのを確認し、兄のうちの一人、王太子であるジーアがどこか面白そうに興味深そうにその麗しの唇を持ち上げる。
「噂、ですか」
「そう。お前も聞いていたでしょう?アシュルーレの王子が[オメガ]だのと…また噂好きの御令嬢が話す戯言かと思っていたけど」
実際に会ってみれば案外分かるものだな?
まるでリュカを揶揄うかのような言い方に、無意識にその眉根を寄せる。
しかしジーアの言う通り、ロイランドは見る限りはベータ…いやあの風貌や気品はアルファにも匹敵するほどのものだった。一目見て彼がオメガだと思う人物はそう居ないだろう。
だが種族柄、ウルガルフは鼻がいい。
それにアルファ性も強い。
遠目から見るだけならばともかく、同じ部屋にいれば気づいてしまうものである。
そうしてリュカが気づいたのであれば、当然リュカよりも優秀な兄二人も気づいたことだろう。なんだか悔しいような、見せたくないと思ってしまいモヤモヤとする感情が沸き起こるが、それは自身がまだ未熟故に感じる嫉妬じみたものだろうとリュカは思う。
「だがあの男、まるでお前に興味がなかったように思うが」
そう言うのはもう一人の兄、第二王子のランツだ。
そしてそれリュカ自身も感じていたこと。
表面的にはにこやかで好意的だったロイランドだが、言動から自身には興味が無いことが伺えた。
そもそも手紙のやり取りの時点で彼の返事はいつも事務的だったように思う。だからといってリュカが送り返さない理由はないし、例え事務的なものであろうとも返事を寄越してくれただけでも嬉しかった。
傍からすればリュカは大層健気な少年だった。
「それは仕方の無いことだね。彼はまだこの国来たばかりだし、リュカのこともよく知らない」
落ち込むことは無いよ、とリュカの頭を撫でる兄にリュカは「はい」と小さく頷き返す。
「とはいえ今回の婚約はリュカの我儘を押し通して取り付けたようなもんだからね。大国の権利を振りかざしいる、と思われても仕方の無いことだよ。それは分かってるかい?」
「はい」
それは仕方のないことだ。現にリュカも彼が断れないことを承知の上で今回の婚約を申し出たのだから、弁明も何も、兄の言う通りだ。
「そう。ならもう健気に頑張るしかないね。いやぁ、本当に今のところ脈ナシって感じだけどねぇ。ねぇランツ、お前はどう思う?」
突然話の振られたランツは何故こちらに振るんだと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
「どうもこうも、無駄にプライドの高そうな男だ。リュカ、あれは笑っているようだが内心何を考えているか分からん狐だぞ」
「ロイランド様は立派な人です」
「そういうことを言っているのではない。お前が騙されても俺は手助けなぞせんぞ」
「彼はそんなことをするような人ではない」
何故そんなことを言うんだと己を睨みつけてくる弟に、ランツは話の通じんやつだとため息をついた。
そんなふたりの様子を見て面白かったのか、ジーアは肩をふるわせ小さく笑い声を漏らしている。
「ふふ。まぁ彼の顔の皮が厚そうなのには同意だけどね」
「兄上まで…」
「しかしまぁ、とんだ美丈夫じゃないか。リュカも隅に置けないね。私もついつい摘み食いをしたくなってしまうよ」
「兄上!!」
声を荒らげるリュカにジーアは今度こそ大口をあけて笑う。
全く趣味が悪いとランツが不可解そうな顔をするが、ジーアはお構い無しだ。
リュカにとっては笑い話でもなんでもない。酷い冗談だ。
確かにロイランドは誰が見たって麗しいと思うほどにその容姿が飛び抜けて美しい。ぴんと伸びた姿勢も相まって、神々しいまるで神が遣わした使徒のようにすら感じる。
癖のひとつもない艶やかな黒髪は後ろで細く編み込まれて肩に流れている。きっと触れれば羽のように柔らかいのだろうと想像する。いつか触れることが許されるだろうか。
目の合った者を虜にする切れ目の瞳には金色の宝石が嵌め込まれていて、縁には髪と同じ黒が影を落とす。
アシュルーレは大変魔力の多いものが多く住む国と聞いたが、金色の瞳を持つものは更に多くの魔力を有しているという。其の黄金は魔力の純度を表しているのだとか。
他にもスラリと長く伸びた手足や指先、引き締まった腰や知的さを表す眉も。彼を彩り形取る全てが美しく輝いている。
そんな彼が他者を魅了してしまうのは仕方の無いこととも言えるが、かと言ってそれを容認できるほどリュカは大人ではない。
彼は嫌がるかもしれないが、子供っぽく嫉妬し、いっそのこと閉じ込めてしまいたいと思う程の独占欲もある。
兄であるジーアは大変優秀で素晴らしい人格者だが、だからといって譲ることは出来ないのだ。
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