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「ふふ、そんなに敵意を顕にするんじゃないよ」 「兄上がご冗談を申されるからです」 ジーアは少々遊び人の気質があるのだ。 よく取っかえ引っ変え男女問わず関に連れ込んでいるのをリュカは何度も見たことがあった。 もちろん、王族としての責務もあるのだし、自由な恋愛結婚を望み婚約までさせて貰えたリュカがとやかく口を出せることではないのだが、自身の婚約者を狙われたのでは話は別だ。 確かに兄のことは尊敬しているし、行く行くはそんな兄のサポートをしていけたらと望んでいるが、その性に奔放なところはどうにも見習えそうにない。 「ふふ。お前の反応が可愛かったものだからな、許せ」 そう言って宥めるようにまた頭を撫でる兄にリュカは翻弄されっぱなしだ。 リュカは時々、この兄はリュカをいつまでもいつまでも年端もいかない小さな子供だと思っているのではないかと思う。 それほどまでにジーアがリュカに触れる時は優しく、そして小さな子供を相手にしているようなのだ。 ただ次男であるランツにしていることは滅多に見かけないが。 当人曰く、でかいし堅物だし反応も面白くなくて可愛げがないから甘やかさないのだとか。 一体どういう事なのかとも思ったが、考えるだけ無駄だと感じ問い詰めるようなことはしなかった。 そもそもリュカと兄の歳は凡そ10程離れているので、兄にとってはいつまで経っても小さな子供に見えてしまうのは仕方の無いことなのかもしれない。 それに王族のしての器も、技量も、兄に比べれば自分など粗末なものである。 兄からすれば、年の離れた未熟な弟もまた、民同様に護るべき対象なのかもしれない。 それはそれで少しばかり悔しいので、いつか兄が誇れるような立派な弟であり家臣になるのがリュカの目標である。 「しかしなぁ、リュカ」 手に顎を乗せジーアはゆったりと体を寛げる。 「はい」 「政略結婚は時代錯誤も甚だしいと私は思うのだ」 その言葉にリュカも思う節があるのか、目を逸らすことなくその眼光と見向き合う。 兄が言わんとしていることは、このままロイランドの気持ちを無視したまま婚約を進めればそれは政略結婚と変わりない。ということだ。 甘えた考えだと言われてもいい。リュカは政略結婚などではなく、ロイランドに今のリュカを好きになってもらいたい。 ならば今自分が出来ることはひとつ。 「彼に好きになってもらう迄、いくらでも努力するまでです」 リュカの答えにジーアは大変満足そうに微笑む。 「うん、それは良いことだね。でも彼はこの国のことを殆ど知らない。それに我が国は少々特殊だからね。彼の母国であるアシュルーレとの相違点もかなりある。彼にとっては少々暮らしにくい国かもしれない、それこそ母国に帰りたくなってしまうこともあるんじゃないかな」 確かにとリュカは頷く。 ウルガルフにはアシュルーレと違って魔力ーーー魔法を使うものは殆ど居ない。というのも、ウルガルフの民の殆どは魔力を有さず産まれてくるため、魔法という存在は知っていても、その概念すらそもそも薄いのだ。 更にはウルガルフが大国一の武力を誇る国と言われている理由にもなっている、特殊な性質もある。これは他国には無いもので、当然アシュルーレに居たロイランドが触れることのなかったものだ。 魔力に慣れ親しんだロイランドでは過ごしにくいことも多々あることだろう。 「それにつきましては対策を練っております」 しかしそれに対策を立てないリュカではない。 リュカの第一課題は己を好きになってもらうことはもちろんのこと、この国も好きになってもらうことなのだ。 「ラジルをロイランド様の従者にしようかと」 「ほぉ?お前も面白いことを考えるね」 「ラジルはロイランド殿と同じ[オメガ]です。勝手が分かるでしょうし、それにラジルはこの国では珍しく魔力を有しています。ロイランド殿にとっても接しやすいかと」 ラジルは長くリュカに使えてきた人物だ。信頼もできるし、同じ[オメガ]ならば不慮の事故が起こることもない。 ロイランドには及ばないが多少なり魔力を持っているため、相性もあまり悪くないはずまだ。 それに魔力保有者は多少の相性の差はあるが、近くに同族がいると気持ちが落ち着くのだという。全ては無意識下での出来事であるが、この国で過ごすからには快適に過ごして欲しいのだ もちろんリュカがロイランドの傍に自分以外のアルファやベータの男を置きたくないという私情が含まれていないかと言えば嘘になるが。 「そうだね。それに彼は華奢だか武術も嗜んでいる。確かに問題はないのかもしれかいね。しかしねぇ…」 ジーアは苦笑する。 この弟は若いなりにしっかりしているようで兄としても誇り高いのだが、いかせん少し抜けているところがある。 この様子では自身のバース性とラジルのバース性から起こる勘違いと問題に気がついていないように思う。 歳若き、番のいないアルファとオメガが傍に居ることをどう思うか。小さな子供でもわかりそうなことだが、弟には想像にすら到っていないようだ。 少しばかり純粋に育てすぎたか、とジーアはヒシヒシと隣に座るもう一人の弟から送られる視線を気付かないふりをして受け流した。 「…?どうされたのですか?」 勿論それを教えてやることは簡単なのだが、それでは一生成長しないような気がする。 ジーアは悩んだ末「なんでもないよ」と返した。 決して勘違いが起こって面白い展開になることを望んでいるわけではない。 奔放と言われようともこれでも皇太子であるし、リュカの兄だ。弟の幸せを願わない兄が一体どこにいようか。 まぁ少しくらい、面白くなればいいなと思わなくもないが。 「まぁ頑張んなさいね」 「?はい」 取り敢えず拗れに拗れまくってしまったら助け舟くらいは出してやろうと思い、ジーアは三度可愛い弟の頭を撫でた。

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