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憐憫

「は?なんだって?」 ロイランドがウルガルフに来てから数日が経った。初めこそ借りてきた猫のように常に警戒心が高い状態で生活していたが、数日も経てば多少は慣れてくる。 「冗談は顔だけにしろ」 「殿下、それは暴言ですからね」 なんてことはなく、ロイランドは今日も変わらず不機嫌を前面に出して生活していた。もちろんその被害を被るのは他でもないルナである。 あの日、リュカが従者にとあの男を紹介してから、リュカとロイランドは一度たりとも顔を合わせていない。 別に不仲になったからという訳ではなくーーー 寧ろロイランドからすればそちらの方が嬉しかった ーーー 単純にリュカが公務で忙しいのだという。三男と言えども王族だ。 できることならばこのまま顔を合わせることなくロイランドを本国に返してくれれば最良なのだが。 しかし今のロイランドを悩ませるのはリュカの事ではない。 いや正確にはリュカが会いに来る来ない話ではないのだ。 「で、なんだって?」 「ですから本日リュカ様が殿下と」 「あぁ。ついに帰国できるようになったのか。それはいい事だ」 「違います。リュカ様が殿下と城下にお出かけになりたいと申しているんですよ」 「………」 冗談じゃない。ロイランドはその美しい顔を歪ませた。 今まで散々放置していたのだから、これからだって放っておいてもらった方が良かった。変に気を回される必要などこれっぽっちも無い。 どうにかして今から仮病が使えないかと考えているとルナが「逢引ですねぇ」とはやし立ててくる。勿論すぐさまその頭に拳を振り上げた。 「いたたた…」 全くひどい主人だと嘆くルナをそのままに、ロイランドは不貞腐れたようにカウチに身を投げる。 「はぁ…子供ですか貴方は」 「……」 「良い機会だと思いますけどねぇ。お互いを知る時間が出来たじゃないですか」 「俺はそんなもの必要としていない。だいたいなんでお前はそんなに積極的なんだ」 何故だかは分からないが、最近のルナは嫌に積極的で、あの[オメガ]の従者がやってくる時にはこれみよがしにリュカについて聞いている。 もしやルナはリュカに懸想しているのかと当時は喜んでみせたが、その当ては外れ、ルナは毎度「だ、そうですよ殿下」とこれみよがしにこちらに話を流した。 そんな言い方をすれば、まるでロイランドがリュカのことを気にかけているようではないか。もちろんだがロイランドにその気は無い。それなのにルナが紛らわしい言い方をするもんだから、最近ではあの従者が聞かれずともロイランドにリュカの近況を教えてくるようになった。全くいらない気遣いだ。 それもこれも全て、ロイランドの味方なはずだったルナが訳の分からない行動を起こすからだ。 「だって殿下、リュカ様の事なんにも知らないでしょう」 当たり前だろう。大国といえども今まで貿易も国交も無かった相手国の王子の、何を知るというのだ。せいぜい風の噂程度か。 それにロイランドにとってリュカの事など毛ほども興味が無い、あるいは興味を持つほどの人物ではない。将来的にはもう会うことの無くなる相手の何を知る必要があるのか。 「私思うんですよ」 眉間にシワを寄せたままのロイランドにルナが優しく語りかける。 「殿下は確かに何でも一人でできてしまいますし、むしろ加護の手を差し伸べる側だ」 「…そうだ、だから今更番なんて」 「でもねぇ、案外悪くないものですよ。頼り頼られる、信頼された関係って。私じゃ駄目なんです」 私は殿下と対等にはなれない。 そうどこか寂しそうに話すルナは一体今何を思っているのだろうか。ロイランドは何も言えず口を噤む。 ルナはロイランドが産まれてから今まで、誰よりも何よりもロイランドの傍に一番居続けた人だ。ロイランドの幼い頃から知っているせいか、口ではなんと言おうともロイランドのことを誰よりも心配し案じてくれる。些か礼儀というものが抜け落ちている男だが、それを許すロイランドもまた、ルナの事を誰よりも信頼していた。 「殿下が御自身のバースを疎んでいらっしゃるのは重々承知の上ですが。少しだけ、気まぐれでもいい。相手を見てはみませんか」 「………」 「ま、リュカ様が殿下の面倒を見てくれれば私ももっと楽が出来ますというかなんというか」 「…貴様さてはそっちが本音だな?」 「ははは。まさかぁ…」 明後日の方向へ視線を流すルナにロイランドは深く深く溜息を吐いた。 つまりはあれだ。ルナはこの婚約を悪く思っていないのだ。 寧ろ、この婚約を気に、一匹狼なロイランドに他者と真に関わることを覚えさせ、あわよくばバースとの折り合いをも付けて欲しいと。そう思っているのだ。 「全く余計なお節介だな」 「これでも真剣ですよ」 「だろうな」 だからこそ質が悪かった。ルナは普段こそ真面目さを母の胎に置いてきたのかヘラヘラとしているものの、下手な冗談は言わない男だ。嘘も。これがルナの本心から来るものだと分かっているからこそ、ロイランドは溜息を吐いただけに留めたのだから。 「はぁ…俺は優しい主人だな。そうは思わないか?」 ルナがロイランドに甘いように、ロイランドもまた、ルナには甘いのだ。 「出かけるなら支度を手伝え」 「殿下…!」 「別にお前の意見に乗った訳では無い。丁度、この国の城下を見て回りたいと思ってたんだ」 だが同時に素直になれないのもロイランドの性だ。ルナは「殿下は恥ずかしがり屋ですな」なんて揶揄うが、ロイランドは無視を決め込んだのだった

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