13 / 36

2

ルナに言われたからではないが、少しくらいはリュカの事を見てやってもいいと気まぐれを起こしたロイランドだったが、その愛想のいい表情はすぐさま剥がれ落ちそうになった。 「まさか貴方からお誘いいただけるとは思いませんでした…とても嬉しい」 「は、ははは…」 おいどういうことだ。 ロイランドはリュカにバレないようにルナの足の甲を強く踏んずけた。突然痛みしゃがんだルナをリュカが心配そうに視線をやったが、代わりにロイランドが「直ぐ屈む癖があって」と適当を言うと「そうなのですか、変わったご趣味だ」と信じられた。なんと純粋なことか。 「おい、どういう事だ説明しろ」 リュカが警備の者と話してくるとその場を少し離れた隙にロイランドはルナに小さく耳打ちする。 「あのガキ、俺が誘ったと思ってやがる」 「良いじゃないですか」 「良くねぇ。調子に乗られたら困るんだよ」 今回のはあくまでもロイランドが城下を見て回りたかったところ、偶然リュカが誘いをかけてきた。ということになっていたはずだ。ロイランドとしても、この国について詳しい者が近くにいればより楽しめるだろうと言う魂胆(建前ともいう)があったからこそ同行することにしたのに。 それがどうだ。リュカは何故かロイランドから誘いがあったから来ている、というような言い方をしていたではないか。 ロイランドは今一度、恐らく元凶と思われし自身の従者を睨めつけた。 「だってそっちの方が面白そうでしたから」 後にこの生意気な従者はこう語ったという。 本国に帰ったら即刻クビにしてやると、ロイランドは胸に誓ったのだった。 そうしえルナとロイランドがじゃれついている間にリュカは騎士との話を終えたのか、にこやかにこちらへと戻ってくる。 「お待たせ致しました」 「いえ。今日はお忙しい中私のために時間を割いていただきましたこと感謝申し上げます」 ロイランドは言ってから少し後悔した。なぜならリュカが出会った当初と同様に、これでもかと言わんばかりに瞳を輝かせ始めたから。 「とんでもない!私は貴方に誘っていただいて本当に嬉しかった。最近は顔を合わせることすらままならない状態でしたので、寂しい思いをさせてしまっていたのではと心配だったのです」 「はは…」 んな馬鹿なことあるわけねぇだろ。寧ろ快適だったわ。 ロイランドはそう声を大にして叫びたかった。 もちろんそんなことをするほど愚かではないが。 「しかし丁度良かった。貴方にこの国のことを知って欲しかったから」 遅かれ早かれ誘おうとは思っていたのだとリュカは笑う。 とは言え、リュカは第三王子であるし、婚約者とは言えどもまだ婚姻を結んでいないロイランドの扱いは国賓と余り大差ない。表立って歩いては大騒ぎになることは火を見るより明らかだ。 だから変装をするのだ、と手渡されたものにロイランドはついにその顔を少し歪めた。 「…これは?」 「これで顔を隠すのですよ」 黒いレースで出来たそれは、色は違えどヴェールだ。それかもうひとつの大国であるデザルト帝国の女人がつける面紗か。どちらにせよ、どちらも女が付けるものだ。まさかこの国では男もつけるのかと思ったが、リュカが苦笑いをしているのを見るにそういう訳では無いのだろう。 で、あれば。これはかえって目立つのではないだろうか。 だがリュカが言うにはそれでも素顔を晒して歩くよりかはマシなのだという。 それは単に男なのに女物の飾布を纏っている不審者と見られているからでは無いのかとロイランドは密かに思った。 そしてひとつ、小さく溜息を吐く。 「リュカ様、少し御手を拝借しても宜しいでしょうか」 「え、えぇ。構いません」 おずおずと差し出された手を握り、ロイランドはその瞳を閉じる。 「(ああ…久々の感覚だ)」 酒に酔うのとは違う。だが確かに心地よく巡り回るその力にロイランドは内心恍惚と酔いしれる。 暫くしてロイランドはゆっくりとその瞳を開け、リュカを見た。そしてその出来栄えを見て口角を持上げる。周りの騎士らがザワザワと動揺しているのも愉快でならなかった。 「これでこの布を纏う必要も無いでしょう」 「…?」 ただひとり、直接手を握られていたリュカだけは事情を把握出来ていないらしく小さく首を傾げた。 そんなリュカに誰かが手鏡を用意し、差し出す。途端リュカは驚いたように、しかしどこか感動した様子で感嘆の声をあげた。 「これは…すごいな」 リュカの今の風貌は金髪紫の眼と目立つものから一転してこの国によく居る茶髪に赤茶色の瞳だ。容姿自体が変わったわけではないから、顔自体はウルガルフ第三王子リュカ様そのものだ。だが髪色も瞳の色も違えば他人だと思うのが普通。それも魔力とは離れて暮らすウルガルフの民が、彼をリュカと認識することはまず無いだろう。 ロイランドは手早く自分にも同じものを掛け、平民と同じ色にする。ロイランド自身は他所の国の者なのでまず騒がれることはないだろうが念の為である。それに黒髪金目はこの国では馴染みがないため、やっておいて損は無いだろう。

ともだちにシェアしよう!