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そうして時々食べ物を買い食べながら、ロイランドは思う存分にウルガルフの城下を見て回った。 あちらこちらで声をかけられその度に店を見て周り、変装したリュカを見た店のものたちが、あれやこれやと世話を焼く。 多少の気疲れはあったものの、その度にウルガルフの文化や文明に触れることが出来、ロイランドはとても満足していた。 少し休憩をしようと、市場の大道から少し外れた端っこの影の下に移動をする。アシュルーレより南に位置するウルガルフは、ロイランドにとってはやはり少し暑い。体力がない訳では無いが、休憩は有難かった。 ふとロイランドが「そういえば」と言葉を紡ぐ。 「この国はやはりというか…狼がたくさんいるのですね」 ウルガルフははるか昔、ひとつの狼の番から繁栄した国だと言われている。故にウルガルフの民は皆眼が良くと身体能力が高いのだ。 「そうですね、彼らもまた大切な国民です」 そしてウルガルフの祖先の直系ーーーつまりは王族には更に特別な能力が授けられていると言うが。 「ガウッ!」 「うわっ」 「ロイランド様!」 突然の事だった。 道の端で話していたリュカとロイランドの元に、何かが突撃してくるような形でぶつかってきた。 咄嗟の衝撃に思わずふらついてしまったロイランドを、リュカが慌てたように横からロイランドの身体を抱きとめたことによって、無様に転ぶような事にはならなかったものの、ロイランドにとっては十分無様だと言えることだろう。 「…っ、すみません」 「いえ、お怪我がないようで安心しました」 こんな自分よりも小さな少年に抱きとめられたのかと思うと本当に恥ずかしいばかりだが、転けるよりかはマシだったと言い聞かせ、何とか心を落ち着かせる。 そして元凶であるぶつかってきた存在に目を向ければ、そこには一匹の大きな狼がいた。 「なっ…!」 「大丈夫ですよ、襲ったりはしません」 まさか狼だとは思わず少し動揺したロイランドに、リュカは少し苦笑をしながら言う。 今しがた襲われたばかりではないか?とロイランドは思ったが、それを口に出せばもれなく自信が支えられた時のことも思い出してしまうので口を噤む。 そんなロイランドの心境など知らぬリュカは、ゆっくりとその膝をおり狼と目線を合わせた。 「こらお前、危ないだろう」 「グルルルル」 「そうか。だがそれでも突然飛び出すのは感心しない」 「ヴー……」 「いい子だ。もうするんじゃないぞ」 「ガウッ!」 「…リュカ様は狼の言葉が分かるのですか…?」 突然話し始めたリュカと狼に、ロイランドは瞠目する。 まさかとは思ったが、なにやらリュカと狼は話をしているように見えたのだ。 ロイランドに声をかけられたリュカは立ち上がり、膝に着いた埃を丁寧な所作で払うと「はい」と頷いた。 「ウルガルフの民は昔から狼と共存しているおかげが、皆多少なりとも狼の言葉が分かるのです」 その言葉にロイランドは更に瞠目した。 ロイランドの国にも動物と話ができるというものは居る。だが彼らは魔法で会話ができるようになっているのであって、実際にリュカと狼のように言葉を理解し合っている訳ではない。 因みに余談ではあるが、ロイランドは動物と会話をすることが出来ない。それを知った時にルナが「殿下が性悪なチンピラだって動物は見抜いてるんじゃないですか?」と不敬極まりない事を申したのは今でもロイランドの記憶に残っている。 「彼はロイランド様の事が珍しく感じたらしく、挨拶したかったのだそうです」 言葉数少なくなっていたロイランドに、リュカはもう一度狼に「もうしたらダメだぞ」と窘めながら、事情を説明してくれた。 「挨拶?」 「狼は鼻が良いですから。ロイランド様がこの国の者ではないと気づいたようでして」 ロイランドの見た目は今ウルガルフの民の形をしている。 不思議に思ったロイランドが首を傾げたが、リュカの言葉に成程と納得した。 「姿形は変わっても匂いは変わりませんからね」 ひとつ頷いたロイランドは先ほどのリュカ同様に膝をおり狼と目線を合わせる。その際にブンブンと横幅めいいっぱいに動く尻尾を見つけて思わず笑ってしまった。 「宜しくな」 「ガウッ!」 その後狼は暫くロイランドとリュカについて回ったが、やがて気付かぬうちに居なくなってしまっていた。 ウルガルフに長くは滞在する予定のないロイランドではあったが、これはいい経験だったと密かに高揚したのだった。 やがて日が暮れ、街は更に活気を増していく。 こっそりと後をつけていた護衛のひとりがさり気なくやって来て「お時間で御座います」とリュカに耳うつ。 これ以上人が増えてくれば動きずらくなり、何か問題が起きた場合に活動しにくくなるため、早めの退散だ。 変装しているとはいえど護衛はいるが、こんなにものびのびと肩の力を抜いて過ごせたのはいつぶりだろうか。不服ではあるが、リュカは若いなりにも博識らしく、話もロイランドの興味を引くものが多かった。 ではそろそろ戻りますかとリュカがロイランドを振り返った時。遠くで女性の悲鳴が響いた。

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