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「なんだ!?」
「ひったくりか?」
弾かれるようにして声のした方を振り向いたロイランドとリュカ。視線の先では商売をしていたのだろう、店から叫びながら飛び出す女性と大袋を抱えて逃げ走る男がいた。
「あれは…?」
「賊です。最近では滅多に見なかったのですが…」
そう言って苦々しい顔をしたリュカは、すぐさま近くにいた護衛らを呼び寄せ何やら話している。どうやら先程の賊を追いかけるようだ。
「ルナ」
「はい殿下」
「ーーーロイランド様、私は先程の賊を捕らえに出向きますのでお先に宮へと……ってロイランド様!?」
後方でリュカの驚いたような同様の籠った悲鳴が聞こえる。だがロイランドはそれらを無視して人混みを縫うように走った。向かう先はもちろん、先程の賊だ。だが当然既に出遅れたロイランドの視界には賊の姿は見えていない。随分先へと行ってしまわれたようだ、とロイランドは視線を後ろを走るルナへと向ける。
「ルナ、視えるか」
「はぃあぃ、そりゃあばっちり。殿下、次の曲がり角を左です」
「分かった」
ルナに言われた通り、曲がり角を左へと曲がるとその先の方で賊が瓦礫のように少し崩れた壁をよじ登り、奥へと進もうとしたのが見えた。
「よくやったぞルナ」
「このくらいお手の物です」
ロイランドの言葉にルナは満足そうに頷く。
ルナはロイランドのように魔力がある訳ではないが、昔から少々特殊な“眼”を保有していた。
千里眼
過去の遺術とも謂われるそれを、ルナは幼少期の頃から持っていた。元来はルナの祖先が持っていたものと言われ、云わばルナの眼は先祖返りしたものだという。
本来の千里眼であれば、過去も未来も見通せると伝わっているが、ルナのそれは劣化版であり、過去や未来を見通すことは出来ないんだそうな。しかし、その他の千里眼の能力である読心や透視などといった力は受け継いでいるそうで、それがルナが昔からひとり、ロイランドの従者でいる理由でもある。ルナを前にして、何人たりともロイランドに悪意を持つものは近づくことは許されない。
とはいえ、四六時中なんでも透け見えたり心が読めるというのも、逆にルナの心が病むというもの。本人は慣れも少しあると言うが、それでも時々気分が悪くなる。そうなればロイランドの護衛どころではない。その為、普段は強すぎるその視力をロイランドの力によって押さえているから、ルナの通常時の力はせいぜい善悪をオーラとして判断したり、意識をすれば壁の向こうが透けて見える程度なのだが。
先程ロイランドがルナの名前を呼んだ際に解いたおかげで、ルナの視野は今常任の数十倍以上にも広がっている。意識をすれば数百倍にもなるその視野から逃れられるものなどいない。
「…よっ!と」
賊に追いつくようにして壁際まできたロイランドは、一国の王子とは思えぬその軽い身の子なしで軽々と飛び越える。
続いてルナも同様に壁を飛び越えた先には、大袋を抱えた賊の男以外にも数人の男たちがロイランドらを待ち構えていた。
「殿下」
「あぁ…こりゃちと嵌められたかね」
ルナの言葉にロイランドは口元に小さく笑みを浮かべる。
男達の頭だろう男が、ニヤニヤと気色の悪い顔でロイランドとルナへと躙り出る。
「おいおいおい、まさか俺らに追いつくなんてよォ。運がねぇなぁ、お坊ちゃん」
「運が悪いのはお前らだ。わざわざ俺の目の前で悪事を働くなんざ、よっぽど騎士団の世話になりたいとみた」
「はっ、いきがってられんのも今のうちだぜ?そうだなぁ。そっちのお坊ちゃんは随分と綺麗な顔をしてる。大人しくすればその綺麗な顔のまま変態の貴族にでも売り飛ばしてやるよ!」
がはははは!と汚く笑う賊達に、ロイランドは隣で怒りを顕にする存在に視線やる。このルナという男は、普段軽口を叩く割に誰よりもロイランドが他者に悪く言われることを嫌う。加えてロイランドに性的な発言で暴言を吐くなど、ルナの地雷も地雷だ。現にいつの間に手に持っていたのやらルナの手には獲物が握られている。
だが。ロイランドは笑う。
ここでルナに任せてしまってもさっさと片付くであろうが、生憎とロイランドはここ数日鬱憤が溜まっていたのだ。任せてしまうのは、少し惜しい。
「そうかそうか。俺は綺麗だものなぁ?売ればそりゃいい価値になるだろうさ」
「ちょっ、殿下!?」
何前に出てるんですか!と焦るルナを横目にロイランドはその足をどんどんと賊の方へと向けていく。それに比例するようにして賊共がさらにその気色の悪い笑みを深めるが、後にそれが苦痛に歪むのかと想像すれば嫌なものではなかった。
ざわざわと己の中の魔力が巡回し、高揚する。
やはり魔力とは盛大にぶちかますのが最高に気持ちがいい。
ロイランドはその麗しい顔で美しく微笑んだ。
「残念だったな。俺は今、機嫌が悪い」
その日城下のとある場所に、大きな落雷が落ちたのだとか。
雲ひとつない晴天の日に起きたその出来事に、民のものは暫し厄災の前触れなのではないかと騒いだが、それも時期に波が引くようにして落ち着いていった。
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