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現在、この部屋の主であるロイランドの部屋の客間にて、その世話を任され食事の配膳をし回収に来たラジルは、盆の上にのったそれを見て小さな溜め息をはいた。
「ロイランド様は…」
「すみません、今日も伏せっているようでして」
「いえ…」
申し訳なさそうにするルナに、ラジルは首を振る。それよりも、あまり中身の減っていない食事が気がかりだ。少ししか手のつけられていないこの状態は、少なくともここ三日は続いている。流石にロイランドの身体が心配になってきた。
それに、自身の主のことも。
「殿下とリュカ様に一体何があったのか…」
「………」
ルナもラジルも本当は分かっている。分かっているが、それを口にすることは出来ない。たかだか一従者である自身らに、主君らの事情に首を突っ込むことは許されないことだ。
「早く、少しでも現状が改善されると良いのですが…」
ルナのその言葉に、ラジルは「そうですね…」と小さく頷き三日前のあの日、ロイランドが賊を撃退した夜、その主君の顔を思い出した。
「ロイランド様!!」
賊を撃退し魔力で作った縄で縛り上げていたロイランドの元へリュカが慌てたように駆けつけてくる。その顔は顔面蒼白もいいところで、まるで今しがた被害にあったかのように気分が悪そうだ。
「リュカ様、この縄はあと一刻で自然と消えてしまいますので、それまでに縄の交換及び捕縛をお願いします」
「それは、いいのですが…」
魔力で作った物質はロイランドが魔力を注ぎ続けない限り一刻で消えてしまう。そのとき賊が野放しにならないようにと、リュカへ伝えたのだが、なにやらそのリュカの様子がおかしい。
とはいえ、そんなことをロイランドが気にする必要も感じないため、気づかなかった振りをして傍を通り抜けようとする。したが、初動はリュカがロイランドの腕を掴み取ったことによって止められてしまった。
「え、あのリュカ様…?」
手を離してくれ、と言外に伝えるようにそれとなく身を攀じるが掴まれた腕は離されるどころかさらに強く掴まれてしまう。痛くはないが、このままだと跡になってしまいそうだ。
「無事で良かった…」
さてどうしたものか。そう考えたロイランドの思考は、今度は抱きしめられたことにより強制的に止められてしまった。
突然の抱擁に動揺するロイランドとは裏腹に、リュカは消え入りそうな声でもう一度「良かった」と呟いた。
その言葉を聞いてロイランドは少しの申し訳なさを感じた。確かに賓客が勝手に動き回った挙句に賊と退治してちゃあ、さぞ肝が冷えたことだろう。その証拠か、腰に回されるリュカの腕は少し震えているように思う。ロイランドとて、自国で賓客にそんな勝手な行動をされたならば、考えるだけで頭の血管が切れてしまいそうだというもの。それを、一応婚約者である自分がしでかしたのだとすれば、流石のロイランドもこの自分よりも小さな身体の腕の中に収まる他ない。
が、出来ることならば早く離れたい。先程からルナが嫌な目でニヤニヤとしているのだ。腹立たしいことこの上ない。
ロイランドはリュカを体から離すべく、できるだけ落ち着いた声音で話しかけた。
「リュカ様。此度は客の身でありながら勝手な行動を致し、あなたの御心に影を差しましたこと、深くお詫び申し上げます」
「いえ…」
しばらくして少し落ち着いたのか、リュカが少しだけ力を弱め離れる。そのことに内心ほっとしたロイランドは、今度こさりげなく距離を置いた。
「貴方が迅速に動いてくれて助かりました。私から礼を言わせてください。ただ、今後はこのような行為を控えていただけると助かります。貴方の身に何かあったら、私は…」
「……っ!」
ぞわり。ロイランドの背にまた何かが走った。
この目だ。ロイランドを見つめるこの目が、どうにもロイランドの心を惑わせる。
射抜くようなその瞳から顔を背け、ロイランドはまた詫びの言葉を口にした。
その後、賊は護衛としてついてきていた者たちに任せ、すっかり遅くなってしまったが帰路につく。道中、賊の被害にあったという女店主にこれでもかと言うほど頭を下げられたが、ロイランドはどこか上の空だった。
城に着いてからリュカと別れたあともロイランドはどこか虚ろで、不思議に思ったルナがロイランドの顔を伺う。
「殿下?どうされ…殿下……!」
「…っは、ぁ……っ!」
そしてその顔を見て驚愕の表情を浮かべる。
ロイランドは、発情していた。その金色の眼は蜂蜜のように甘く蕩け、薄い唇からは熱い吐息が漏れる。
「殿下!俺が分かりますか!」
「…は…は、ぁ、る、ナ…」
「クソっ…!」
意識した瞬間に鼻に着いた蒸れるような花の匂いに、ルナは慌てて身を後ろにひいた。そして急いで医者を呼ぶため、荒々しく部屋を出ていく。
「なん、で……ぁ…まだ、先……、のはず…」
一方、部屋に一人残されたロイランドは困惑していた。ロイランドの発情期は比較的安定した周期の元で訪れる。以前の発情期は、確か二ヶ月前。次がくるまでまだあと一ヶ月はあったはずなのに。それなのになぜ、今己の身体は浅ましくも発情しているのか。
なぜ、こんなにも、ほしいとおもうのか
そのとき。ドアが2回、丁寧にノックされる。当然今のロイランドにそれに応対する力はない。呆然と、叩かれた扉の向こうを見ていたロイランドの元に声が響いた。それは先程まで一緒にいた男の声。
「ロイランド様…?」
その声を聞いた瞬間、ロイランドの脳みそは焼けるように沸騰した。
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