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惹起

「お休みのところ失礼します」 丁寧なノックと声掛けにカウチに腰掛け短剣を磨いていたロイランドは「入れ」と短く返事をする。 一礼して入ってきたラジルは、どうやら一人ではないらしく後ろに数名の従者を付けている。普段ならばこの部屋にラジル以外の従者が立ち寄ることはまず無いのだが、一体どうしたものかと首を傾げる。 「なんだ、今日はやけに人が多いな」 「先触れも出さずに申し訳ございません」 「いやいい。それで?一体なんの用だ」 首を傾げるロイランドにラジルは従者のひとりに声をかける。そうして持ち込まれたものに、ロイランドは訝しげに眉を顰めた。 「こちらはロイランド様への贈物に御座います」 「贈物?誰から」 贈物、と言われたものは一つ二つではないようで、いずれも華やかに装飾された箱が揃えられている。 この国にやってきて一ヶ月ほど経つが、未だかつて贈物など無かったはず。 「贈物は全て、国内の重役からのものです」 「というと貴族臣下か」 「はい」 恭しく頷くラジルにロイランドは成程とひとり納得する。 つまりは媚びだ。第三王子と言えども王族には変わりないリュカとの橋渡しをしてくれと、ロイランドを丸め込もうとしているのだろう。 舐められたもんだ、と思わず口角が上がる。 大方小国の王子など外交にも関わりが少なく大した学もないと判断されているのだろうか。笑わせてくれる。 果たしてリュカに政への発言権がどれ程なのかはロイランドの知るところではないが、かつてないほどに賎しい贈物だ。 とはいえ、これら全てを送り返すことも出来ない。そんなことをすれば異国のロイランドの礼儀すらをも疑われ、リュカにもとばっちりが行くことだろう。 リュカ自体にとばっちりが行くことはどうとも思わないが、これでロイランド及びアシュルーレが馬鹿にされては困る。 「宜しければこちらで対処致しますが、如何なされますか」 さてどうしたものか、と考えていたロイランドにラジルがひとつ提案をする。ロイランドとて国外でのこういった扱いに慣れておく必要はあるだろうが、今回は任せても問題ないだろう。 「分かった。贈物については其方に任せる」 「仰せのままに」 来た時同様に従者たちに指示を出し撤退していく煌びやかな贈物。途端人の少なくなった室内には、ロイランドとルナ、ラジルが残っている。 てっきりその従者らと一緒に部屋を退出するものだと思っていたロイランドは、まだ何か用があるのかとラジルを見つめた。 「どうした、まだ何か用か?」 「…はい、いえ…あの」 しかし問いかけてみてもどうにも歯切れの悪い答え方をするラジルにロイランドはその美しい眉を寄せる。普段のハキハキとしたラジルとは違うその態度を珍しく思いながらも言い出すのを待っていれば、ラジルは観念したかのように重々しく口を開いた。 「実は、ミレイア様からロイランド様にお目通しの先触れがございまして…」 「ミレイア?」 聞いたことの無い名前だ、とロイランドは首を傾げる。しかしいくら傾げたとてその名前に聞き覚えなどない。自分の対人関係における物覚えはよかったはずだが…などと思っているとラジルが「ミレイア様は、リュカ様の“元”婚約者候補の方です」ととんでもない爆弾を寄越してくれた。 ロイランドはたいそうに嫌そうな顔をした。 何が、と言えば理由は様々だが、今のラジルの一言でロイランドは自身が今非常に面倒な立場に置かれていることを理解したからである。 修羅場ーーーーーー要はそういうことである。 リュカがどう思っていたかは知らないし恐らく関係もないのだろうが、そのミレイアとかいう女は十中八九リュカに執着しているタチの悪い女だということは伺い知れる。ラジルのあの歯切れの悪さから見て間違いでもないのだろう。 そもそも婚姻前の年頃の女性が、男と接触しようとしていること自体常識外というものだろうに。 ラジルによるところ、ミレイアはロイランドが来るまではリュカの婚約者候補として筆頭に挙げられていた女だったそうな。それを聞いて益々ロイランドの中で最悪の確証が生まれる。 貴族の娘、それも婚約者候補の筆頭として挙げられていたほどの女が、突然ぽっとでの男ーーーそれもオメガのーーーに相手を掠め取られたんじゃあプライドを傷つけられたと受け取られても仕方あるまい。 こればかりはロイランドも同情をする、が、巻き込まないで欲しいのが本音である。 先日のアイリアとの会話の中で多少なりとも考えを改めたとは言えど、ロイランドがウルガルフに半強制で連れてこられた事実は変わらない。客観的に言わせてもらえばロイランドとて被害者であるのに。 恐らく、というか十中八九、この面会に応じてもロイランドにいいことなどひとつもない。それどころかきっと嫌味のフルコースでも受けることは間違いないだろう。かと言って賓客と言えども高々魔力に恵まれただけの小国の王子が、大国の貴族ーーーそれも元婚約者候補に大きな口を叩いて断れるかと言えばそういう訳にもいかず。 八方塞がりどころか一本道しかない選択肢に辟易とする。 「…あぁ、そういえば」 ここ数日、紅玉宮の中に見知らぬ下女や侍従達が居たかと思えば鋭く見定めるような視線を送られていた。成程、ミレイアからの回し者か。直接何かをされた訳では無いが、案外人の視線というのはタチが悪いものだ。ミレイアも姑息な真似をしてくれる。 ここに来てあまりにも歓迎的な者が多かったが、こうした敵意を持った奴がいたとしても何らおかしくはないというのに。いや、寧ろ遅すぎた程。 だが避け続けてもどうにもならないことは目に見えている。ならば面倒事は先に片付けておこう、とロイランドはラジルに許可を出した。 「では今からご案内致します。ミレイア様は南の客室へとお通ししておりますので」 なんだ、結局選択肢なんて無いじゃないか。とロイランドはラジルの返答に口の形をへの字に曲げた。

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