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南の客室は日当たりも良く、これまた品のいい家具が揃えられていた。窓の先からは庭園が覗き見でき、心地良い風が吹いている。こんな状況でなければ特等室に違いないなとロイランドは残念に思った。 なんせ今からロイランドが相手するのは、言わば修羅場相手。間違っても楽しいお茶会なんかじゃあないことは想像に容易い。 皮の厚さには自信があるが、最近ストレスを溜め続けているせいかどうにも調子の悪さを感じる。最後まで持てばいいが、と己の表情筋に鼓舞を打ちながらロイランドは案内された客室へと足を運び入れた。 「お待たせ致しました。お初にお目にかかります、ロイランド・アシュルーレにございます」 にこりと美しく微笑むロイランドの目の前に、待ち構えていたミレイアが映る。本国やそこいらの女性ならば軽く落とせただろうロイランドの微笑みを相手にした様子もなく、ミレイアは手に持っていたウルガルフ特有の刺繍が施された扇子を緩慢な動作で口元へと持ち上げた。 一方でロイランドは不躾に思われない程度にミレイアを観察する。確かに、リュカの婚約者候補として筆頭と言われるだけあってか美しい容姿をしている。が、俺の方が余程美しいなとロイランド直ぐに興味をなくした。 それに口元を隠してはいるが、目は口ほどに物を言うとはよくいったものだ。どうにも鬱々としているところを見るに、ロイランドは知らず知らずのうちにかなり嫌われているようだ。まぁ予想していたことではあるし、見ず知らずの女に嫌われたところでロイランドの中の何かが変わる訳でもない。 それに比べるようだが、これならばアイリアの方が断然美しいではないか。紅玉宮への滞在を余儀なくされた元凶ではあるが、以前のお茶会の件と言い彼女の聡明さをロイランドは認めているし尊敬に値するとも思っている。あれは見た目の穏やかさとは違い頭の働く女だ。 女も男も関係ない、目の濁った人間の考えることは大体がろくなもんじゃない。 「ごきげんよう?田舎者の王子様」 ほら見た事か、とロイランドは笑いだしたくなった。 「今までご挨拶にも伺わず、失礼をお詫び申し上げます」 「本当にね」 ミレイアは鬱蒼とした物言いでロイランドを見咎める。 ロイランドの謝罪はあくまでも常套句の一つに過ぎない。実際のところロイランドが、たかだか婚約者候補に挨拶しに行かなかければならない等という決まりは無い。一体どこまで自分を高く見積もったいるのかと益々可笑しくなってくる。 だがそんなことはおくびにも出さず、ロイランドは失礼しますとミレイアの向かいに腰を下ろしかけ、その動作を止めた。 僅かに光に反射した刃先が、ロイランドの視界を掠める。どうやらこの女、ソファーにひとつ仕込みをしていたようだ。 「あら、どうかなさいまして?」 「…いいえ、何も」 ここでロイランドがミレイアを咎めるのは簡単だが、惚けられてしまうのがオチだろう。それにただでさえミレイアと対峙すること自体が面倒だと言うのに、これ以上の面倒事を増やしたくないというのも本音だ。 それにロイランドにとってはこんな小細工、おもちゃにも等しい。ミレイアにバレないように無音呪文を唱え刃物を消し、なんでもないように席につく。当然無くなった刃物がロイランドを傷つけることなどある訳もなく、反応のひとつもしないロイランドにミレイアは訝しげに眉をひそめた。 「如何なさいましたか?」 ロイランドは嫌味と言わんばかりに同じ言葉を返し、にこやかに首を傾げる。 「…何もございませんわ」 刃物を潜ませた事をバラしたくなければそう答える他ないだろう。ミレイアの当然の返答にロイランドは胸中で嗤った。 「それで、本日はどのような御用件がおありでしょうか」 「そう固くならないで頂戴な?…少し、新しい下界のネズミの顔でも見ておきましょうと思いまして」 そう言ってクスクスと笑うミレイアに今度はロイランドが眉を顰めかけ、留める。ここで嫌な顔でもすればミレイアは喜ぶだろう。それは癪だ。 だがそんなことは関係なく、ミレイアは淡々と話し続ける。 「リュカ殿下は大層お優しい方なの。私と言う婚約者がいながらも、卑しい小国の田舎者にも手を差し出したのは貴方の国にある魔力に興味があっただけ。何も貴方自信に、興味があったわけではないのですよ?」 「……」 「あらあら、まさか!殿下からの愛を賜れるとでも思っていたのですか?なんとまぁ、可哀想なお方…」 わざとらしくまぁまぁと眉を下げるミレイア。吐き気がしそうだとロイランドは仮面の下で毒を吐いた。どうやらこの女、とんだ妄想癖の持ち主のようだ。自分が婚約者候補から外されたことだけでなく、そもそも候補だったとも思っていない。一体どんな教育を受ければこんな娘が生まれるのかと思ったが、考えたくもない。箱入り娘もびっくりな常識のなさだ。 今も尚、いずれはリュカに捨てられるのだとか、田舎者は相応しくないのだなどと宣っているが、どれもこれもロイランドからすればどうでもいい話である。 暫くそんな無駄なやり取りを続けていたが、一向に反応のひとつもないロイランドが面白くないのか、ミレイアは不機嫌そうな顔をして唐突に立ち上がった。 「帰ります!」 子供か。と思わず吐き捨てかける。 こんな頭の悪い女が婚約者候補、それも筆頭に挙げられていたなんて。ロイランドはこの日初めてリュカに同情した。 だが退出してくれるのならこれ幸いと、ロイランドもミレイアの後に続くようにして立ち上がる。 「お見送り致します」 「結構ですわ!」 礼儀として見送ろうと後ろに立ったロイランドに、ミレイアはその顔を盛大に顰め、閉じた扇子でロイランドを振り向きざまに殴りつけた。 突然の近接攻撃に反応することが出来ず、額からだらりと血が垂れ、床に小さなシミを作っていく。 「男のオメガだなんて!なんて卑しく穢いのでしょうね!」 ミレイアは血のついた扇子を穢らわしい!と近くに仕えていた侍女に渡し、とても淑女とは思えぬ荒々しい足取りで部屋を退出する。 「くそッ…癇癪起こしたガキかよ」 ミレイアが立ち去ったのを確認してながら、ロイランドはじわじわと痛みわ訴えかける額に手を当てる。場所が場所なだけに手にはべったりと血がついているのが分かった。 本当に、いいことなど何一つない。 「…げ、鼻血……」 ぽたりと新たに床に作った赤黒い染みにロイランドは今一度ため息をついた。

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