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さてどうしたものか。 そう悩んだものの、不本意とはいえども汚してしまった絨毯をできる限り綺麗にしてもらいたいし、一応元婚約者と現婚約者の会話だ。報告する義務もあるだろう。 「(面倒臭いがルナを呼び出すか…)」 ドアの前で待機しているはずのルナを呼び出すべく扉を開けようとしたロイランドの手は、向こう側から開けられたことによりピタリと止まった。 「ロイランド様、先程ミレイア様がお帰りになられましたが…──ロイランド様!」 扉を開けたのはどうやらラジルだったらしい。 ラジルはロイランドを見やった瞬間、額から流れる血に気づきロイランド以上に顔を蒼白とさせ慌てたように宮廷医師を呼ぶよう周りに指示を飛ばす。 その騒ぎにルナも不思議そうに扉の先から顔を出し、そしてロイランドを見つめてはラジル同様…それ以上に取り乱した。 「で、殿下!?どどどうしんですかそのお顔は!いつもの殿下の麗しさ30パーセントカットですよ!?顔しか取り柄が無いのですから大事になさってくださいな!はっ、まさか先程の雌犬にやられたのですかっ!あぁだからあれほど口を酸っぱくして女性の扱いには気をつけろと申しましたのにぃ!こりゃ天罰ですなっ!」 「天罰ですなじゃねぇ…」 本当にどこまでも不敬な男である。心配してると見せかけてロイランドのことを笑っているのだ、この男は。 じとりと睨みつけるロイランドを気にした様子もなく「ふふ、普段よりも男前ですよ」と言いながらルナはどこからともなく取りだした簡易医療キットで手際よく応急手当をしていく。その手に身を任せながらも、先程のことを思い出しロイランドは舌打ちをした。 「しかし殿下が避けもせず大人しくやられるなんて珍しいこともあったもんですねぇ」 「避けた方が面倒になるんだ、受けるしかないだろう」 とはいえまさか扇で頭をぶたれるとは予想だにしていなかったが。 しかしなるほど。どうやらロイランドが望もうと望むまいと、リュカの婚約者というこの立場は想像以上に厄介なものらしいことが分かった。きっとミレイアは今後もロイランドに嫌がらせをするだろう。生憎と、今日のことで元よりマイナスに等しかった好感度が物凄い勢いで急降下しているようであるし。 面倒なものに捕まってしまったと辟易する。 当然それに堪えるようなロイランドではないが、かといって好き勝手できる立場でもないため身の振り方を考えなければならない。 「(…まぁ少し煽りすぎた自覚はあるな)」 とはいえロイランドにしては十分に丁寧な対応だったが。 「はい、終わりましたよ」とルナがロイランドの治療を終える。出血のせいでやや目眩がするが、暫く大人しくしていれば落ち着くだろう。 「まさかミレイア様があんな暴挙にでるとは…。この件、なんとお詫びしていいことか」 まだ真昼間だが寝てしまおうか。 そう考えたロイランドだったが、先程からやけに静かだったラジルが突然頭を下げたことにより今ここで寝てしまう訳にはいかなくなった。下がった旋毛を気だるげに見遣りながら手をヒラヒラとさせる。 「いい、いい。別にお前のせいじゃないしな」 「ですが私は、リュカ様より貴方の身の回りを任されていた身に御座います。如何なる処罰もお受けする所存です」 「いいと言っているのに強情だな…」 確かにラジルからすれば簡単に許されてしまうよりも処罰を受けた方が良いのかもしれない。だがラジルはあくまでも、ロイランドの身の回りの世話を任されていただけであって、なにも騎士のように立ち回れとは命じられていないはずだ。現にラジルを紹介された際にもそういった説明は受けていないし、ロイランドもそう使おうとは思っていない。 ラジルが一般的なオメガだとすれば、その華奢な体躯に見合った筋力量だろうことは想像に容易い。比べてロイランドは母国でルナと共に剣術も学んだし、魔力抜きにしてもある程度相手にできるほどの護身術も身につけている。ラジルが頭を下げ、罰を受ける必要はないのだ。 だがそう簡単に行かない理由もある。ロイランドは客であり、リュカの婚約者だ。それに小国といえど一国の王子。ラジルよりも身分の高いロイランドが傷ついた、その事実が重要なのだろう。 つまるところ、ケジメが必要なのだ。 「………わかった」 しばらく考えて、ロイランドは嘆息した。 カウチにゆったりと腰掛け、目の前の椅子に座れとラジルに命ずる。突然そんなことを言われたラジルはすぐさま自体しようとしたが、ロイランドはそれを許さず無理やりに座らせた。 「お前のことを話せ。罰はそれでいい」 「は…」 そして次に言われた言葉に、ラジルは理解することが出来ず返事とも言えぬ声が漏れた。まるで今夜の食事内容を聞くような軽い口調で言われ、思わず困惑してしまったとしても仕方の無いことだろう。それほどまでに突飛なことを言われているのだ。 そも一体自分のことについて話すことが、なんの罰になるのか。ラジルにとってみればロイランドとは主人の婚約者。ロイランドからみても、ラジルとはリュカの従者にすぎない筈だ。 ────ラジルの弱みを握ってリュカを脅す? いやそれは無い。何より、意味が無い。一従者を脅しの材料にしたところで王族であるリュカには届かない。切り捨てられるがオチだ。当然、ラジルもそれを望んでいる。 それにロイランドはリュカを苦手としているように見受けるが、決して誰かを人質にとって脅しにかけるような非道な人間ではないように思える。短い付き合いだが、ラジルは何となく、この人は口でなんと言うとも案外誠実な方なのではないかという印象を持っていた。 結局理由が分からず首を傾げるラジルに、ロイランドは薄く微笑む。 ロイランドとて意味の無い会話などしない。 もちろん罰なんて体裁はあるが、それもあまり意味が無い。 ただ単純にロイランドはラジルのことについて、知りたいことがあったのだ。 それはラジルが魔力を使えること。 この国では一般的ではない髪色を持つこと。 考えれば、誰でも想像がつくことだ。 「ラジル、お前この国の者ではないな?」

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