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考えてみればおかしなことだ。 当時は何故か頭が回らず解答に至らなかったが、バースに根強いというウルガルフの王族であるリュカが、考え無しにオメガであるラジルを傍に置き更にはロイランドの世話役をさせるとは思えない。まだ浅学なこどもだって、未婚のオメガとアルファが隣合うことが危険であることはしっているし、仮にも婚約者に対して対面が悪いというのも理解できないはずが無い。それにウルガルフが如何に平和であろうとも、オメガに対する危険性が全く無いという訳でも無い。散々ロイランドに執着する様子を見せたリュカの事だ。ただ力のないオメガを寄越すとも思えない。 ただその辺をきちんと説明しないあたり、まだまだ不慣れな様子も伺えるがそんな事はどうでもいい。 魔力を持つものは、一定数の慣れがあれば相手の魔力がどんな“形”をしているのかが分かる。 当然昔から魔力に慣れ親しんでいたロイランドからしてみれば、そんなもの朝飯前どころか呼吸の合間にできるわという話である。 なら何故しなかったのか。それはひとえにロイランドがラジルを避けていたからに他ならないのだが、改めて視た今、ラジルの魔力がウルガルフのものでは無いことは明らかだった。 「お前の魔力は恐らくアシュルーレよりももっと北の国のものだろう。白銀の髪もあちらに多い」 「ロイランド様は、そんな事まで分かるのですか」 「お前も視れるさ」 唖然とするラジルに苦笑しながら、話を戻すように続きを促す。ラジルは「ロイランド様の仰る通りです」と言い「ですが」と言葉を区切った。 「私に祖国の記憶はありません。恐らく母か父のどちらかが北の者なのでしょう」 あやふやな言葉ですみませんと謝るラジルに、ロイランドは首を振る。その言い方からするに、物心つく前に両親は姿を消しているのだろう。それにどちらか、という表現にも納得だ。北の者の目は総じて蒼い。ラジルのような赤茶色の瞳はウルガルフに多い一般的な瞳の色だ。 ならば次に浮かぶ疑問はリュカとの関係性だが、とロイランドが考えた辺りで、ラジルも空気を読み取ったのか「楽しませることは出来ませんが、宜しいですか」と断りを入れてくる。当然、ロイランドは頷いた。 「お察しかもしれませんが、私は孤児の出でして。本来ならばこんなにも大層な役職に着くことなどできる立場では無いのです。それに、私は一度、奴隷に身を落としています」 隣で息を呑む音が聴こえた。 動揺したのだろう。なんせアシュルーレには奴隷制度たるものは存在しない。ひとたび奴隷商が見つかれば、それは重罪だ。 だがウルガルフで奴隷制度が許されているかといえば、そうではなかったはず。つまりはラジルが元いた場所は闇市の一種なのだろう。 「髪の色が珍しかったのでしょうね。12歳程の年頃でしょうか、リュカ様とお会いしたのはその頃です。まだ10歳だったリュカ様は、お兄様方や国王様のお力添えもありながら、立派に軍を率いて闇市を一掃されました。結果的な指揮をとり功績を得たのはジーア様ですが、あの日私の元へ訪れ、手を差し伸べてくださったのは紛れもなくリュカ様です」 それはラジルとっては夢にも思わなかった出来事だったろう。いつまで続くかもわからない地獄の中で差し伸べられた手。「まさか王族の方に手を引かれるとは思いませんでした」と苦笑するラジルは、当時のことを思い出しているのだろう。その表情はとても穏やかだ。 その後救助された元奴隷たちは、国の設備の元身辺の安全の確保と保証を約束され、必要なものには学びの機会も与えられたという。 「リュカ様は、混乱して一度は振り払ってしまった汚れた私の手を強く握り、仰ったのです。『貴方の手は、心は、何よりも美しく、その命は高尚で尊ぶべきものだ。貴方を蔑んでいいものなどこの世には存在しないのです』と。…幼いながらに必死に言葉を紡ぐリュカ様を見て、私は初めてこの世に生を受けたのです」 「……」 「それから私はリュカ様の為にこの身を捧げると誓いました。この命が、少しでもあの方のためになればと」 この国の城内ではラジル以外にも奴隷上がりだった従者や騎士は沢山いるのだという。 「ご満足いただけたでしょうか」と微笑むラジルに、ロイランドは気分が悪くなった。ラジルにではない、興味本位に相手を探ってしまった己にだ。誰にでも話したくない出来事はある。ロイランドが自身のバースに触れたくないように、もしかしたらラジルとって、過去とは思い出したくないことだったかもしれない。古傷を抉るような行為を、自分がしてしまったことにロイランドは酷く後悔した。 だからといって謝ることは出来ない。ロイランドはこれを聞くにあたり、“罰”であると言ってしまった。名目上とは言えど、これを覆けばラジルにはまた別の罰を与えなければならない。それに、謝ることは身を切りながらも話してくれたラジルへの冒涜だ。ロイランドがラジルにすべきことは、同情でも、後悔でもない。その人生に、敬意を払うことだ。 だが、とロイランドは顔を顰めた。 それがどう言う感情なのかはロイランドには計り知れない。だけどラジルは誰よりも、何よりも、リュカのことを想っている。それは憧憬かもしれない。恩を感じているだけなのかも。はたまた恋かもしれない。だが、確かに愛だ。 これほどまでにリュカのことを想っている人が居る。それなのに、なぜ、彼は自分を選ぶのか、と。 ラジルはオメガだ。身分が必要なのか?いやそんなわけが無い。それならば小国の王子であるロイランドとて、利益としてあまり変わらないだろう。 分からない。 この国に来て、ロイランドは分からないことばかりだ。

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