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聞いてしまいたかった。 本当はリュカのことをどう思っているのか。なぜ、リュカはラジルと婚約を結ばないのか。 だが聞けるはずもない。それを聞いてどうするのだ。リュカとラジルが想いあっているのではないかと、そんなことはロイランドの妄想でしかない。押しつけだ。ただの現実逃避。 「…」 謝ることも出来ない。聞くことも出来ない。もどかしい。何故こんなにも悩まなければいけないのかと理不尽な怒りすら湧いてきそうだ。 すっかり意気消沈してしまったロイランド。 その手を誰かがゆっくりと握った。ラジルだ。 「ロイランド様。私は、リュカ様とロイランド様が結ばれることに異論は御座いません。寧ろ応援しています。確かにリュカ様を慕ってはいますが、それは恋ではありません」 「…分からないだろ、そんなこと」 握られた手を振り払うことなく、ロイランドは力なく首を降った。 もしかしたらラジルは遠慮しているのかもしれない。 本当は疎ましく思っているのではないか。 そんな疑念が付きまとう。素直に聞き入れてしまうことが出来ない 「いいえ、分かります。リュカ様が、どれほどロイランド様を愛していらっしゃるかも存じています。ですからロイランド様」 申し訳ないと、私に思うのならば。リュカ様としっかり向き合ってみて下さいませ。 にこりと穏やかに微笑むラジル。ロイランドの完敗だった。 ラジルはロイランドがバース性についての問題を抱えていることなど知らない。当然だ、話してもいない。リュカも知らないことを、ラジルが知っているはずがない。 ラジルは無自覚に、ロイランドに茨の道を歩けと、そう言うのだ。申し訳ないと、少しでも罪悪感があるのなら。自分の敬愛すべき主人のために、傷だらけになってでも向き合えと。 酷い話だとロイランドは思う。だが、嫌ではなかった。 別に突然自分のバースを受け入れた訳では無い。長い年月をかけた凝りはでかく、強固なものになってしまっている。 加えてリュカとの婚約も、認めた訳では無い。 ただ何も知らず、何も知ろうともせず、敵前逃亡するのは自分らしくないではないかと、そう思っただけだ。 「逃げているように思うか?」 「えぇ、とても」 「言うじゃないか」 「滅相もございません。ロイランド様も、今は私の主人です。そうして素を見せていただけることは光栄です」 今度こそ、ロイランドは口を開けて笑った。 言われて初めて気づいたのだ。リュカの前でこそ、未だに猫かぶりをしていたロイランドだったが、ラジルの前ではとうの昔に剥ぎ取ってしまっていた。知らぬ間にラジルのペースに呑まれていたということだ。 「最高だ。こんなにも笑ったのは久しぶりかもしれない」 「恐縮です」 「なぁラジル。本格的に俺専属にならないか?」 「考えておきますね」 どうせ専属になる気などさらさらないだろうに。だがそれでもいい。その答えに、ロイランドは「そうしろ」と頷いた。 「嗚呼、嗚呼。おばあ様。汚いネズミがうろちょろしています。私、気になって気になって、夜も怖くて眠れませんの」 「あら…ネズミというのは、リュカの」 「そうですわ。有難くもリュカ様からの温情を頂いたにも関わらず、そのことを気に求めない不届き者ですわ」 翡翠宮の一室。女人のみが立ち入ることを許された宮の一部屋で、豪奢な椅子に腰掛けた高齢の女性の足元に、一人の若い女性がしなだれるようにして座っている。 薄暗い部屋の中で行われる密会。若い女性はその高い声を響かせる。 「それはそれは…私も一度、顔を見てみたいものですね」 「それがいいわ、おばあ様。きっとおばあ様も一目みただけで、あの卑しい男が相応しくないことが分かりますもの」 「そうね。あの子に一番相応しいのは、貴方だわ」 ゆったりと頭を撫でるその手に、若い女性は慰めて欲しいと言わんばかりに擦り寄る。 思い返すのは数刻前に出会った男の顔。 異国の、それも小国から訪れたという男は、あろうことかリュカの婚約者だと言った。自分というものがありながらもと、一度はリュカに憤慨したものの、思い直す。 ああ、もしかしたら、リュカ様はあの男に騙されているのですわ。 男は確かに美しかった。だがそれだけだ。 聞けばオメガとのことだが、男のオメガなど気持ちが悪い。リュカ様の子供は若く美しい女性である自分が産むべきであると信じて疑わなかった。 小国の王子など、なんの後ろ盾にもならない。 リュカ様に必要なのは強力な後ろ盾。その点、王族の血筋である自分はもってこいのはずだし、リュカ様も才知に溢れた自分が婚約者であることが誇らしいはずだ。 兄のジーアやランツはダメだ。ジーアは女たらしがすぎるし、ランツは堅物すぎる。それにジーアは甘い顔をしながらも自分にどこか冷たい視線を送ってくる。ランツに限ってはそもそも自分を相手にすらしてくれない。 こんなにも美しく、頭も良く、何もかもに秀でて、誰からも愛されるべきなのに。あの二人はきっと、使い物にならない。きっと、どこか壊れてしまっているのだ。 ふふ、女は笑う。 「ミレイア」 頭上で威厳のある声が自身の名前を呼ぶ。 呼ばれた女ーーーミレイアは「はい、おばあ様」と毒々しくも艶かしい声で頷いた。 「貴方が、リュカを王にして差し上げるのですよ」 「はい」 「次の茶会に、その男も招待なさい」 傍に控えていた黒服の男が瞬時に用を果たすべく部屋を出ていく。それを気に止めることも無く、ミレイアは「おばあ様」と声をかけた。 「私も、招待したい方がいるの。よろしくて?」 「好きになさい」 その答えに、ミレイアは真っ赤な唇をゆったりと持ち上げた。

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