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【閑話】宝石の瞳

「あ」 突然隣を歩いていたはずのリュカが小さく声を上げ立ち止まる。当然置いていくわけにもいかないので、ロイランドも立ち止まってみれば、リュカは少し恥ずかしそうに頬を染めながら「少し寄り道してもいいですか」と尋ねた。断る理由もないのですぐに了承する。 リュカが寄り道をしたいと言って訪れたのは他の出店とは違って少し小洒落た外観の店だった。 この日のリュカは誰がどう見ても気分が向上しており機嫌が良さそうだった。元より城下におりては国民たちと触れ合うことは好きだったが、今日はそれに加え、隣には自分の愛する人が一緒になって歩いている。嬉しくないわけがなかった。 それこそ彼の従者にとあてがったラジルから、誘いの知らせがきた時はそのまま天に召されでもしてしまうのかと思うほどの高揚感を味わったものだ。 待ち合わせの時間に訪れた彼は、以前見た時よりも日に増して美しく見える。黒曜石のような髪は光にあたって輝かしく光沢を放っている。凛とした瞳も、彼の心の強さを表しているようで大好きだった。 思わず見蕩れてしまいそうになるのを抑えーーー許されることならずっと見つめていられるがーーー素顔を隠すためのものを手渡すと整った顔が訝しげに顰められたのが分かった。 説明はしたものの、やはり馴染みのないものをつけるのは抵抗感があるのか何かを考える様子を見せる彼をじっと見つめて待つこと数分。手を貸して貰えないかと請われ、迷いなく差し出した。一体何をするのだろうと、今度はリュカが不思議そうに見守っていれば、どう言った原理なのかロイランドの周りを光の礫が舞い、彼をより神々しいものへと魅せていく。後にそれが魔法を使った際に放出され可視化する魔力の残粒子だという言うことを教わったが、光の中にいるロイランドは本当に天の御使いだと思わせるほどに麗美だった。 すっかり平民の容姿になった自身の姿に驚きつつも、リュカはロイランドを案内すべく市場を歩き回った。まさかこんなふうに気兼ねなく城下を歩ける日が来るとは。やはり彼は凄い人なのだと、改めて実感する。 途中呼び止められながらも言葉を交わすリュカとロイランド。彼もこの国に興味があったのか、リュカの話を興味深そうに聞いてはその会話を弾ませていった。 記念に、と国内で主流の軽食であるシュルガを彼に手渡せば、その初めての食べ物に目を輝かせて小さく「美味しい」と零す。その顔がまた愛おしくて、今が永遠に続くことを願わずには居られなかった。 そうして再び歩き出した矢先、リュカは視界の先にあるものを見つけて思わず立ち止まった。突然歩みを止めたリュカに不思議そうな顔をするロイランド。少し恥ずかしくも思いながら断りを入れれば、彼は大丈夫だと了承をくれた。 小さな小洒落た店に並べられているのは宝石のはめ込まれたアクセサリー。その中からリュカはひとつのものを手に取り、微笑んだ。 「おや、お兄さん。リュカ様によく似ていらっしゃる。それが気になるのかい?」 「え、えぇ…」 やはり色素が違うだけで別人に思うものなのかと、本日で何度目かになる関心を他所にリュカは老人の店主に小さく頷き返した。 「それはシルベアで採れる鉱石のひとつでね、それだけ色鮮やかなものは滅多にない、とても上等なものだよ」 手の中に光るのは、キラキラとハニーイエローに輝く宝石。思わず手に取ってしまったのは、この宝石が、ロイランドの瞳によく似ていると感じたから。 心無い貴族たちは彼をプライドの高いだけのオメガだと言っていたが、そんなことあるはずがない。リュカにとってロイランドとは唯一であり、彼ほど高尚な魂を持った人を見たことがない。その綺麗な瞳は今も昔も輝きを損なうことなく前だけを見つめ続けている。いつかその宝石の中に、自分だけが映れたなら。 「リュカ様は宝石に興味があるのですか?」 「そうですね…これは、特別です」 別段宝石類の高価なものに興味はないが、なぜだかこれを他の人に手渡してしまうのは惜しいような気がした。 店主に聞けばアクセサリーに加工も出来るという話で、せっかくだからと加工まで頼むことにした。王族であるならばもっとしっかりした王家専門の加工職人がいることを知っていたが、なんとなく、ここで頼むことにした。「少し待っていて欲しい」と後ろに下がった店主を見送り、リュカはロイランドと共にその場で待機する。 並べられた宝石を吟味するロイランドに、あわや何かプレゼントできないかと声をかけようとして、その手に持たれていたものを見つけ立ち止まった。 「これ、綺麗ですね」 彼が手に取ったのは、紫色の宝石。 「貴方の瞳によく似ている」 「………!」 ぶわりと、気持ちが一気に昂ったのがわかった。 分かっている。きっと彼に深い意味など無い。 それでも、例え宝石越しにだとしても、ロイランドのその崇高な瞳に映ることが出来ていたのかと。 今はまだ。それでもいつか、本物の自分を見てもらう為に。 あの日のことを忘れていたって構わない。 あの夜に出会ったその瞬間に、リュカの心は既にロイランドのものになっていたのだから。 「……愛しています、ずっと」 小さくぽつりと呟いた声は、彼に届くことなく人の織り成すざわめきの中へと消えていった。

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