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敷衍

「───パーティ、ですか?」 首を傾げるロイランドに、リュカは小さく頷く。 ロイランドとラジルが会話をしたあの一件から数日後。 今まで自分からは碌な行動を起こしたことの無いロイランドは、どう動けばいいか分からずに二の足を踏んでいた。だいたいリュカへの接し方もまともに分からなければどう連絡を取ればいいかだって分からない。ロイランドは自身の行動力の無さに唖然とした。 そんなある日、ラジルから客人が来ているとの知らせを受けそれに応じれば、相手は丁度悩みの種であったリュカときた。そこでようやくラジルに敢えて客人という言葉を使われていたことに気づきさりげなく睨みつけたが効くはずもなく。ロイランドは渋々リュカとの席に着いた訳だが 「(今更向き合うっていったって…どうすればいいんだ)」 散々避けてきた自覚はある。特にあの城下町の一件からは。 確かにあれはリュカがロイランドを無理矢理に組み伏せたと言っても間違いではない行為だったが、冷静に考えてみればオメガの発情期時に出すフェロモンによりラットを起こしたアルファが、あの場で留まれた事の方が珍しい。大抵は一度ラットを起こしてしまえば冷静な判断ができるまでの時間はかなりを有するはず。それこそ「雌を組み伏せた」という支配欲が満たされない限りは。それにロイランドのフェロモンは通常のオメガのものより遥かに薄いとしても、リュカには関係が無いのだ。 「(だってこいつは…)」 事実ロイランドもあの日の発情期は何時もより思考能力が落ちていたように思えた。にも関わらず平手打ちをくらわせたにしても部屋を出るだけの理性があったのだから、その事実をロイランドは認めるべきなのだ。 ラジルに向き合って欲しいと請われてから、やはり今までの自分は気を張りすぎていたのだと気づいた。慣れない土地に、自分を妻にと願う相手。ただでさえ張っていた琴の線をさらに張り詰めさせる出来事の数々。らしくないと、そう思う程度には冷静さを欠いていた。 それにここに来てロイランドは、一度だって酷く扱われたりはしていない。オメガである事を馬鹿にされた訳でもなく、ただ一人のロイランドとして扱われていた。それは例えロイランドがオメガではなく、ベータだろうがアルファだろうが。変わらないように思う。 部屋に飾られた一輪挿しの花瓶。その中の花は、毎日リュカが届けているのだとラジルは言っていた。ロイランドが伏せっていた期間毎日だ。それを聞いた時、ロイランドはこれ程までに自分が恥ずかしいと思ったことは無かった。ロイランドは自分のことで精一杯だったという免罪符を前にリュカに対しておざなりな返答を繰り返し、挙句の果てには一方的な拒絶までしていたのに、己よりも遥かに年下の彼はロイランドの心配をしていたのだ。 何が一国の王子だ。何がオメガだ。リュカをリュカとして、一人の人間として扱わなかったのは、自分ではないか。 だからこそ今、リュカと向き合おうとしているのだが。 「(…まぁ、顔は嫌いじゃないな)」 ミルクティー色のふわふわと柔らかそうなブロンドの髪に、宝石の輝きを持つ紫色の瞳。筋の通った鼻と薄い唇、整えられた綺麗な眉。流石というべきか、他国の娘たちが騒ぐのも頷ける程度にはリュカの顔は綺麗だと言える。ロイランドとて綺麗なものは嫌いじゃない。今は歳故か幼すぎる顔も、あと五年もすれば魅惑的な男前になるだろう。願わくば、兄のジーアのような緩みきった顔でもランツのような顰めっ面の面白みもない顔でもなく、このまま真っ直ぐに育って欲しいとは思うが。 背丈だって今はロイランドより小さくとも上二人を見ればまだまだ伸びるであろうことは想像に容易い。きっと今後他国の令嬢に声をかけられることも増えるだろう。 それに存外リュカは博識だ。王家の三男など王位継承権が低い為に他国ではお飾りになることも多くはないというのに。やり方や距離感などの細かいことはさておき、自ら城下に降りては民のことを見守り、その力になろうとする。愛国心にも溢れ兄たちを支える技量もある。 「(ますます俺だけが問題じゃないか)」 何に重きを置いて何を大切にするかなど、人によって違うのは分かっている。ロイランドにとってはそれが自身のバース性であり、14年にも亘り根付いた思想を覆すのは容易ではない。 ただ少し、歩み寄ることが出来たなら。 きっと今がチャンスなのだ。身内のいないこの国で、ロイランドをただのロイランドとして見てくれるこの場所で。ロイランドは変わらなければならない。 分かっていた。平等を謳うアシュルーレの第一王子が自分のことだとは言えどもオメガを蔑んではいけないのだ。それはもう平等などではなく、王家自らがオメガを蔑ろにしている事に変わりはない。そんな国でどうやって彼らは胸を張って生活ができるだろうか。 甘やかされてきた自覚はある。父も母も、姉妹も。そしてルナも。口ではなんと言おうとも、ロイランドが傷つかぬようにと柔らかい繭で覆って護っていたのだ。 だがもう、ロイランドは夢を見る子供では居られない。

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