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「ロイランド様?」 はっと顔を上げる。 どうやら考え込んでしまっていたらしいロイランドを心配するようにリュカがこちらを伺っていた。 「え、あ、いや、大丈夫です。すみません、もう一度お聞きしても宜しいですか」 慌てて首を振るも、普段なら有り得ない失態に顔が火を吹きそうな思いだ。まさかラジルに言われた通りにリュカと向き合おうとして考え込むあまり、話を聞いていなかったなんて。 「大丈夫ですよ。もし体調が悪い場合は出直しますので直ぐにでも知らせてくださいね」 だがリュカはそんな不振な動きをするロイランドを気にした様子もなく、寧ろその体調を気遣ってくる。今度は申し訳なさで気を失いそうだ。後ろで笑いを堪えているであろうルナも腹立たしい。 「えぇと、王太妃様主催のパーティ、ですか」 ウルガルフの王太妃──ハィレギュラ・ウルガルフ。ロイランドが此処へ来てから一度もその顔を見たことは無いが、確かウルガルフを確固たる大国にしたのは彼女の代の王権だったと聞いている。つまりはやり手なわけだが。 「(なんだって今更…)」 「御祖母様はパーティ等の催しを昔から好んでいたので、今回のもそれらの一環かと思われます」 「私の招待は誰が?」 「御祖母様が直々に申し出たと聞いています」 「(成程な)」 つまりはロイランドを見定めにきたということで間違いないだろう。それが興味本位なのか、なにかしらの悪意を持ってなのかは分からない。なんせロイランドはハィレギュラとは大陸会議でも会ったことが無いのだから、素性が知れないのだ。当然それは向こうも同じ。だからこそ今回見定めようとしているのだろうが。 思い浮かぶのは先日のミレイアの件だ。恐らくあの短絡さを見るに紅玉宮に訪れたのは彼女の単独行動だろう。正直ミレイアだけならば、ロイランドの口車に乗せてどうとにでも回避する方法がある。だが相手が王太妃となれば話が別だ。 「(考えすぎか…?)」 だがどちらにせよ警戒しておくに越したことは無いだろう。 正直安全を確実に確保する為ならばこの話を蹴ったって構わないのだ。礼儀としては出るのが正しいのだろうが、仮病を使うなりなんなりして断ることは出来る。だがそれをしてしまうとロイランドの評価としてはあまり良くない。婚約者という立場上でもそうだが、小国の王子に大国の王太妃からの誘いを断わる権限など無いに等しい。それに以前、ロイランドはアイリアと話をした際に興味深い話も聞いていた。のこのこと呑気に参加することも出来ないが、逃げるにはリスクが多すぎる。つまるところ今回も選択肢などロイランドには無いということなのだが。 「…の、……ド」 「……」 「あの、ロイランド様」 「っ!」 ぴたりと少し冷えた手が頬に触れた。弾かれるようにして顔を上げたその先には、先程よりも近い距離にあるリュカの双眸がロイランドのハニーイエローの瞳を覗いていた。 思わず息を飲む。眼前一杯に広がる紫がキラキラと反射して美しかった。 「ここ、痕になってしまいますね…」 するりと撫ぜる指先に思わず肩が震えた。性的なものは一切感じさせない、ただ純粋にロイランドを労る優しい手つき。ここ、というのは先日ミレイアに殴られた際に出来た傷の場所だろうか。ラジルの呼んでくれた医師による適切な処置で幾分か回復し、最早瘡蓋になっているそこ。場所が場所なためにもしかしたらリュカの言う通り、痕になってしまうかもしれない。 「…すみません」 「…お前が、謝ることじゃないだろう」 申し訳なさそうに謝罪するリュカに、ロイランドは言い返す。 この傷は、あくまでもあの女がつけたものだ。リュカのせいでは無い。なのにどうして。 「あなたが傷つくことが悲しい」 こんなもの、男であるロイランドにとっては大したものでは無い。幸い傷の場所も前髪に隠れる場所だ。痕になると言っても大きなものでもない。事実ロイランドだって毛ほども気にしていないのだ。ただミレイアに腹が立つだけ。リュカが気にすることなんて、何一つない。 なのにどうして、お前はそんなに悲しそうな顔をする 「ごめんなさい。急に触れてしまって。吃驚しましたよね」 「…いえ、大丈夫です」 はらりと前髪が落ちる。触れていた熱が遠のく感覚に、どこか違和感を覚えた。 「パーティの際に着ていただく衣装もこちらでご用意させていただきます」 「助かります」 「当然のことですので。当日もいつも通りラジルに支度を手伝わせるので────…」 何事も無かったように当日の進行について伝えるリュカ。対してロイランドも同じように応対した。 『申し訳ないと、私に思うのならば。リュカ様としっかり向き合ってみて下さいませ。』 嗚呼、本当に無理難題を押し付けてくれる。 ぞわりと何かがロイランドの首筋を撫ぜるように通り過ぎた。

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