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紅玉宮の中庭。そこではキラキラと小さな雪の結晶が星のように瞬き、陽の光も浴びて幻想的な空間を作り出していた。 ちなみに今の季節は決して雪の降るような真冬ではない。 「これが基本動作で出来る魔法だ」 「いえ、あの、普通の魔術師は基本動作のみでそんなことは出来ないと思うのですが…」 嬉々としてロイランドが振り向いた先には、何故か困惑気味に苦笑をうかべるラジルの姿。どうしてそんな顔を浮かべているのかと疑問に思う暇もなく、二人を見守っていたルナがおかしいと言わんばかりに笑いだした。 「あはっ、はっは、殿下、そ、それじゃあ一言もラジルにつ、伝わりません、よ、ふふ」 「……」 例えるならばピキリ、だろうか。そんな音をたてそうな程にロイランドの額には青筋が浮かんでいる。 そんなロイランドを見て、このままではルナが氷漬けにされてしまうのではないかとラジルは一人おろおろと視線を交互に見ていた。 「…俺的には最高に分かりやすい説明だった」 「ぶふっ、」 拗ねたように言うロイランドに、ルナはまた笑う。 そうしてようやく落ち着いたルナは「はぁー!」と大きな深呼吸をして目に浮かべた少量の涙を拭いとった。 この間ずっとロイランドの掌ではいつでも氷漬けできるようにと氷の礫が舞っている。 「まぁ殿下は元々才能があったところに賢者様からの教えもあってアシュルーレ( う ち)でも随一の強さを誇りますからね。賢者様預かりになる前から自分でオリジナルの魔法とか考案してたくらいですし…」 「それは…ロイランド様は本当に凄いお方なのですね」 「いやいやあんま褒めんでください。調子に乗ります。それに子供だってもう少し上手に教えることができますよ。誰かに教えられないということは理解してることを言語化出来ないということですからね。魔力は言葉に宿りますから致命的な欠点です。まぁつまりは馬鹿ってことですけど」 「だァれが馬鹿だって?あぁ?お前は本当に俺の従者か?基礎を学ぶべきはどっちか知れたもんじゃないな」 「はっはっは、ご冗談を。私は完璧です。騎士学校だって主席で卒業してますからね」 「俺はお前の頭の話をしてるんだ」 「…お二人は本当に仲がよろしいのですね」 「「どこが」です」 随分と息のあった返事に、ラジルは思わずと言ったふうに吹き出した。 クスクスと年相応に笑うラジルに、なんだか居心地の悪くなったロイランドは唸り、そして息を吐いた。彼よりも大人だと言うのに随分と子供っぽく振舞ってしまった。 そもそもの始まりは、ラジルがロイランドに魔力操作の仕方を教えて欲しいと頭を下げたことから始まった。ラジルとしては主君の客人に対して無礼承知での申し出だったが、ロイランドは快く頷いた。ウルガルフには魔術を使える者が少ない。彼の身近な人にも居ないことは知っていたので、自分が請け負うことは妥当だろうと考えていた。 本当は王太妃主催パーティで起こる可能性のある罠への対処法を考えねばならないのだが、まだ起きてもいない、起きるかも分からないことを日がな一日考えていても結論など出るわけが無い。こうしてラジルに魔法を教える方が余程有意義だろうと外へ出てきたのが一刻前。 だが結果は見ての通りだ。ロイランド自身魔力への理解度は人並み以上だが、教えるのは不慣れだったようでなかなか上手く伝わらない。 ルナに任せてもいいのだが、ルナ自身に魔力はあまりなく、彼はどちらかと言えば呪い(まじない)に強い。本人も専門分野が違うため間違ったことを教えてしまうかもしれないと辞退している。が、ロイランドは知っている。ルナはロイランドと一緒に賢者の森へ入ったのだ。つまりロイランドの隣で賢者の話を聞いていたということ。当人の専門分野では無いかもしれないが、それは=知識がないという訳では無い。 何が言いたいかといえば、ルナは単に面白がっているだけである。それも自分の主君が上手く説明出来ていないさまを見て、というとてつもない悪趣味なことで。 「ラジル、手を出せ」 「?はい」 結局大したいい案など思い浮かぶ訳もなく、ロイランドはアシュルーレの魔術学校で配布される教科書の通りに教えてみることにした。 いや、最初からこのやり方で教えていれば良かったのだが、しなかったのはロイランドの変な意地のせいである。 「今から俺の魔力を少しずつ流す。まずはそれを感じ取れ」 「随分と抽象的ですねぇ〜」 「うるさいぞ野次馬」 「…分かりました」 ラジルが頷いたのを確認してロイランドは少しずつ、少しずつ、ラジルが魔力酔いを起こさないよう繋いだ手を通じてゆっくりと微量の魔力を流していく。 「魔力は血液と同じだ。全身をくまなく回り、その中枢は心臓にある。今お前の中には俺の魔力とお前の魔力の両方が流れている。その流れを掴むことに集中するんだ。そこで自分の魔力回路を把握出来たなら上出来だ」 ラジルが目を閉じる。言われた通りに流れを掴もうと集中してるのか、その額には僅かばかり汗が滲んでいる。 「できそうか?」 「…恐らく、ですが」 「ならそのまま次は俺だけの魔力を辿れ。魔力は指紋や性格のように人によって質が違っている。それは善し悪しではなく、生まれつき持っている模様のようなものだ。他人と自分の魔力の違いを知ることは今後の魔力操作でも影響するから、早めに習得しておくといい」 ただなんてことないように申すロイランドに、ラジルは笑い飛ばしたくなる。 確かに自分の魔力の流れは把握することが出来た。そうしてロイランドのものであろう魔力も、意識すれば感知出来ている。だが、とラジルは脂汗を垂らす。この魔力は、ロイランドから流れてくる魔力は、まるで甘い毒のようだ。純度が高すぎる。彼の言う模様に例えるならば、精密すぎるのだ。 これが魔法国家と呼ばれるアシュルーレの中で、最も力を持つ男の魔力なのか。 ぴたり、と送られてくる魔力が途切れた瞬間。ラジルは見事に魔力酔いを起こし、気絶した。

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