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ラジルへの指導は順調とも言えた。
元々のセンスが良かったのかスポンジのように知識を吸収していく彼に、ロイランドは半ば本気で自分の従者にならないかと持ちかけたが、結果は予想通りだ。
「──という感じで、ようは想像力の問題だ。あやふやな考えでは上手く形にはできない」
「成程…つまりただ炎を思い浮かべるより、その熱さや色を深く連想した方が効果はあるということですね」
「そういうことだ」
頷きながらロイランドは目の前に小さな氷の塊を創る。
「試しにこれを溶かしてみろ」
その言葉にラジルは炎を思い浮かべ、その塊を含む周囲を燃やす。通常の氷ならば、これだけで溶けるはずだ。だが目の前のロイランドが創った氷は溶けることなく、汗ひとつ垂らさない。
「この氷はどんな灼熱の炎でも溶かすことはできない。それは俺の想像力がより深く、強固だから。まぁゴリ押しで魔力ぶつけられりゃあ多少は溶けるかもしれないが、俺以上に魔力を持った人間などそうそういないからな」
ふっ、と氷が消える。同時にラジルの炎も収束していき、残ったのは少しの焦げあとのみ。
「ただ魔力量がものを言うと言っても、対処法が無いわけじゃない」
くるりとロイランドの指が宙を舞う。すると空中には光の文字が浮かび上がり、それはロイランドの指がなぞる場所に魔法陣を作っていく。
「前にルナが言葉に魔力が宿ると言ったな」
「はい」
「それは文字も同様だ。むしろ自身の言葉や魔力を媒体にしない分万人にも使えるようになっている」
魔法陣は大きさによって効力の差が生まれる。それは大きければ大きいほど補助の力は増し、強大な魔術を生み出すことが出来る。
アシュルーレでは城や聖堂、時には一般民家の下に大きな魔法陣が組み込まれており建物の劣化を抑えてたり、案山子を媒体にして害虫避けにしたりなど様々な場面で用いられている。
魔法陣を使えばほんの少しでも体内に魔力をもっている者なら簡単に魔術を使用することが出来るため、一般的に使用されているのだ。
「だけど魔法陣を用意するのは手間になるし、いざと言う時に使えない。当然消耗品だからな、こまめに取り替える必要もある。お前はセンスもいいし、基本的には自分の力を底上げすることを優先してくれ」
魔法陣についてはルナが後日詳しく教えると約束をつけて、ロイランドは説明を続けた。
「あとは魔法と魔術の違いだな」
「?ロイランド様が使われているのは魔法ではないのですか?」
「いや、魔法だ」
断言するロイランドの矛盾した解答に、ラジルはよくわからないと首を傾げる。
「第一に魔法というのは単一のものを指している。例えば火・水・風・土・音だな。これらは全ての魔術の基盤となる基礎魔法だ」
そして魔術とは、基礎魔法を二つ以上組み合わせたものを指している。
「ちなみにさっき俺が空中に文字を書いていたのは、火と音を組み合わせて創ったもので、氷は水と風を組み合わせたものだ。そこから更に強度を増すために音の魔法も足していた」
「なるほど…」
ならば私はまだまだですね。と眉を下げたラジルに、ロイランドは首を降った。
本来ならば基礎魔法から魔術への転換は魔術学校に四年間通って身につけるものだ。それをたったの数日で、基礎だけとはいえものにし始めているラジルは本当にセンスがいい。
そこから少し実践も踏まえて説明を重ねたロイランドに、見守っていたルナが休憩をしましょうと声をかける。魔力量が桁違いのロイランドはともかく、まだ触れ始めて間もないラジルはすぐに魔力酔いを起こしてしまう危険性があるため、定期的な休憩を挟む必要がある。
「皆さん、進展の程は如何ですか」
そこへティーポットとカップを乗せたトレーを持ってリュカが現れた。三日ほど前からぜひ少しだけでいいので見学させて欲しいと、公務の合間を縫って見に来るようになったのだ。
「リュカ様!私がやりますのでお休みくださいませ!」
「いいよ、ラジルはたくさん魔力を使って疲れただろう。たまには俺に労わせてくれ」
普通の王族ならまず有り得ないその物腰の低さと、嬉々としてお茶を淹れるリュカにラジルは無理やり奪い取ることも出来ずにオロオロとしている。第一「労わせてほしい」などと言われてしまえば、従者であるラジルは何も言えない。結局手持ち無沙汰にリュカが持ってきてくれたお菓子を置いただけでラジルの仕事は終わってしまった。
「そう言えば先程お話が聞こえてきたのですが…魔法陣を使えば私にも魔法は使えるでしょうか」
王族自らが淹れてくれたある種貴重なお茶を飲みながら、リュカが尋ねる。どうやら本人の言う通り先程の会話を聞こえていたらしく気になっているようだ。心做しかソワソワとしている。
その姿に苦笑して、ロイランドはひとつ頷いた。
「そうですね、出来ますよ」
確かに魔法や魔術と言えばアシュルーレだが、少量といえども魔力は皆持ち得ているのだ。その量は本人が気づかないほどに微量なために通常の人間が気づくことはまず無いが、ほんの少しでも体内に魔力が備わっていれば後は基礎魔法陣と補助魔法陣のふたつがあれば一般人にでも魔術は使うことが出来る。
「生命の宿るものなら多かれ少なかれ魔力は持っていますから」
「そうなのですね…自分の浅学さを披露してしまいお恥ずかしい限りです」
「あまり知られていないことですからね、気になさる必要はないと思いますよ。 …手持ちがないので直ぐにとは言えませんが、後日こちらで準備しますので宜しければ体験してみませんか?」
「ご迷惑でなければ、ぜひ」
リュカは嬉しそうに微笑む。それは魔力を使う体験が出来ることもそうだが、ロイランドが以前のように距離を取らず歩み寄ろうとしてくれていることが嬉しかったのだ。
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