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慟哭

パーティの会場とされるホールは素晴らしいものだった。 白を基調とした大理石の柱に純透明のガラスに覆われた天蓋。開け放たれた窓の先からは、代々大切にされてきたのだという庭へと繋がっていて、その見晴らしは絶景の一言だ。パーティの開催目的といえば今年の豊穣を願って、というのが建前だが、事実はただの貴族の交流場だ。現に外でも内でも国内の有数貴族らが己が家の人脈を広げんとその分厚い面に仮面を被ってニコニコと道化を演じている。 「これはこれは、お初にお目にかかります。妃殿下のお噂はかねがね…」 そうしてそれはロイランドとて例外では無く、むしろ今日、リュカの婚約者として参加しているロイランドはある種の注目の的でもあった。 男の発言に、ロイランドは少し困ったような笑みを浮かべる。 「痛み入ります。しかしながら私は男の身でありますので妃というのは…」 「これは失敬。いやはや随分と美しい方とは聞いていましたが、これ程までとは。それに貴方がオメガだとは誰も思わんでしょうな。リュカ様も良い御相手を見つけられましたね」 「はい。バース性では語れないほど私には勿体ない、素晴らしい方です」 にこりと微笑んだリュカに、趣味の悪い指輪をふんだんに身につけていた御仁は乾いた笑いをあげ、一礼をした後にその場を去っていく。 ちらりと横を見遣ればリュカはどこか睨みつけるようにしてその貴族の後ろ姿を見つめていた。 「…あんなもの、気にする必要はない」 「分かっています。でも、貴方のことだから」 どうしたって聞き流せない。そう言うリュカに、ロイランドはひとつ溜息をついた。 ロイランドがこのパーティにおいて、見下されるだろうことは元より分かっていたことだ。例えロイランドが王族とも言えど、それはこの国の中ではなく他国の、それも小国の王子。ウルガルフという大国で肥えた貴族らにとっては、大袈裟に媚びへつらう必要も無いというわけだ。 こういった催しでバース性を口にするのは御法度。明確なルールがある訳では無いが、暗黙の了解というところか。それを態々口にしたということは、それ即ちロイランド、延いてはロイランドというオメガを選んだリュカへの侮辱に違いないのだろう。男の、それもなんの後ろ盾も持たない国の王子を娶るなんて。そんな意味が含まれているのだ。 だがそれは先にも言った通り、予想出来ていたことだ。 こんな唾を吐かれた程度の嫌味など、一々気にしていてはキリがないというのに。 「(それでもこいつは気にするのだろうなぁ)」 未だにどこかムスッとしているリュカ。何も知らない人が見れば真剣な面持ちに見えるのかもしれないが、ロイランドからしてみれば拗ねているようにしか見えない。 その後も代わる代わるリュカへと挨拶に来た貴族らの相手を共になって行っていたロイランド。交わされる潜んだ嫌味に、毎度丁寧に言い返しているリュカが少し面白いと感じたのはロイランドだけの秘密だ。 「…疲れました」 「それはそうでしょう」 あれだけ丁寧に言い返し続けていたら余計な気も使っていた事だろう。先程手渡されたグラスを手に、リュカはうっそりとしたように溜息を吐く。 本来はあまり手をつけるものでは無いが、こうも気負った雰囲気を出されたままでは困る。ロイランドは一息入れるためにも豪勢に飾られた食事たちを勧めることにした。 「リュカ様は甘いものはお好きですか?」 「甘いもの…?そうですね、それなりには。ですがどちらかと言えばフルーツなどの方が好まれます」 「ああ、分かります」 「ロイランド様は甘いものは苦手なのですか?」 「苦手…なんでしょうか。好んで口にはしませんね」 リュカの問にロイランドは小さく首を傾げた。 別に食べられないことは無いのだ。それこそ母国で政に関する書類に追われていた時なんかには甘いものが欲しくなったりもした。 だがそれ以上に、姉と妹がチョコレート菓子を大量に作ってはロイランドの口へと無理やり突っ込んで来た時のことが少々トラウマになっている。 「ふふ、ロイランド様は姉妹殿と仲がよろしいのですね」 「弄ばれているだけですよ」 妹は兎も角として、姉には昔から逆らえた試しがない。魔力量も器量もロイランドの方があるはずだと言うのに、どうしてだか頭が上がらないのだ。 彼女はアルファだ。性格はともあれ聡明な姉は、きっと良い女王になりアシュルーレを導いてくれることだろう。 「リュカ様、ロイランド様。ハィレギュラ陛下がお待ちです」 そこへ黒服の男が近寄り、リュカとロイランド、双方へ耳打つ。どうやらこのパーティの主からの呼び出しだそうな。 黒服にひとつ頷き、ロイランドらはハィレギュラの座る玉座へと向かう。きらびやかな宝石で覆われたその座は、彼女のプライドの高さを表しているようだった。 王族の誰とも違う、その深紅の瞳が穿つようにロイランドへと向けられる。 ロイランドは彼女の前に立つと、その場で最上級の礼をしてにこりと、美しく微笑んだ。

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