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【4】
拘束されていた手足が痺れている。シーツを掴み寄せようにも力が全く入らない。
少しでも動いたら体がバラバラになってしまいそうなほどの痛みと倦怠感が友規をその場に縛り付けている。
高く腰をあげたまま意識を失っていた友規は重い瞼を持ち上げながら、周囲に散らかっていた精液に塗れた数枚の一万円札に手を伸ばした。ぼんやりと霞む視界に映った光景に自分がまだ生きていることを知った。
(俺は……買われた、のか)
指先に触れた札を手繰り寄せてぐしゃりと握り込む。金を貰った以上、笠原から受けた屈辱は必然的に合意の上での行為に変わる。悔しさに涙が溢れ、嗚咽を堪えるたびに笠原に啼かされ続けた喉が痛みを増していく。
下腹の奥が重く、赤く腫れた双丘の間にある違和感が何なのかも分からなかった。
「――さん。なお……と、さん」
シーツに頬を押し付けたまま掠れた声で小さくその名前を呟く。頭が割れそうに痛くて耳鳴りもする。
笠原たちにドラッグを使われ自我を失っていたにも関わらず、彼の名前を憶えていたことにホッと安堵した。
モゾリと体を動かすと、あちこちに激痛が走る。とりあえず杉山に連絡を入れようと思うのだが、スマートフォンが入ったデニムはベッドの下に他の洋服と共に散らかり、友規は伸ばしかけた手を力なく落とした。
マトモな感覚を持った者ならば吐き気を催すであろう饐えた匂いが充満する部屋。しかし、友規は浅い呼吸を繰り返すだけで、その匂いにさえも順応していた。
もう誰のモノかも分からない体液に汚れたシーツを掴みながら体を動かし、ベッドから転がり落ちると冷たい絨毯の床にしたたかに肩を打ち付けて低く呻いた。
ボロ布のようになったシャツを退け、デニムのポケットから指先でスマートフォンを引き出すと電源ボタンを押した。薄暗い部屋に広がったバックライトの眩しさに目を眇めながら、そこに表示されていた着信履歴の多さ小さく息を吐いた。
「尚登さん……」
震える指先でタップしそうになるのを必死に堪え、杉山の番号を表示させると発信ボタンを押した。ワンコールで電話に出た杉山の声は怒りと安堵が入り混じったような複雑な声音だった。
『トモキ、どこにいるんだよっ! 電話にも出ないし、とにかく一度俺のところに来いっ』
「無理……だぁ、杉山さん。俺、動け……ない」
友規の弱々しい声に異変を感じた杉山の声が硬質なものへと変わる。
『おい……何かあったのか? おいっ』
「ん――。ちょ……と、トラブ……ッた」
『トモキ! お前、どこにいるっ? まさか、夕べ客に指定されたホテルにまだいるのか?』
「いる……。たすけ……て。動け……な、い」
切れた唇から血が滲んでいる。友規はそれだけ言うのが精一杯だった。
出来ることなら尚登の声を聞きたい。でも――もう、それは叶わない。
彼が憎むべき笠原に、友規は自身の体を売った。
『トモキ! おいっ! ちょっと待ってろよ、すぐに行くからっ』
杉山の声が聞こえる。しかし、随分と遠くて何を言っているか理解出来ない。
友規は全身の激痛に苛まれながら、再び混沌とした闇へと意識を手放した。
絨毯に転がったスマートフォンが新たな着信を告げる。
画面に表示された『尚登』の文字が薄闇で虚しく点滅を繰り返していた。
*****
目を覚ました友規の目に映ったのは、天井に取り付けられたレールに沿って緩いドレープを描く淡いピンク色のカーテンだった。
腕から伸びるいくつもの管と消毒の匂いで、自分のいる場所を察することは容易だった。
周囲に人の気配や音がしないところを見ると、この病室には友規一人しかいないようだ。
しばらくしてカーテンの合わせ目から顔を覗かせた杉山が、友規が目覚めたことに安堵したのか、笑っているのか泣いているのか分からない顔で声を掛けた。
「――気分はどうだ?」
声のする方へゆっくりと視線を向けた友規は、唇を皮肉気に曲げて笑って見せた。
「最悪……。俺、どんだけ寝てた?」
「二日だ。あのまま意識が戻らなかったらどうしようかと思ったよ。友規……あの客に薬を使われたのか?」
「尻と口に入れられたまでは覚えてる。けど……あとは記憶が曖昧。俺、ヤバかった?」
掠れた声で問う友規に、杉山はベッドの脇に置かれていた椅子を引寄せて腰かけると、額を押えながら思い出すだけでも悍ましいというような顔で重い口を開いた。
「手足は傷だらけ。顔や体も腫れてたからかなり殴られたようだな……。肛門は酷い裂傷で出血がかなりあったみたいだし。それと……腸内に大量の精子が残ってた。ご丁寧にも漏れないようにプラグまで突っ込んであったよ。――あのさ、友規」
杉山が真剣な顔で友規を見つめた。彼にしては珍しく何かを言い淀んでいるようだが、意を決したようにポツリポツリと話し出した。
「――今回のことは俺にも責任がある。新規であんなオーダーかけてくる客をもう少し警戒するべきだった」
「杉山さんのせいじゃない。俺も危機管理不足だった。――ねぇ、杉山さん」
友規はマンションにいるであろう彼の事が気になっていた。スマートフォンに残されていた着信履歴。そのほとんどが尚登からのものだった。
嬉しかった反面、嘘を吐いて彼を騙し続けて来たことがバレてしまうことが怖かった――いや、もうバレているのかもしれない。
親友、恋人、会社、地位、財産……すべてを失った彼の癒しかけていた心の傷を抉ったのは他の誰でもない友規自身だ。
「――俺のスマホ、見た?」
「ああ……。あの『尚登』ってお前の知り合いか?」
「ん――同居人。もしかして……連絡とかしちゃった?」
「マズかったか? 物凄い数の着信があったから、てっきり俺はお前の……」
友規は白い天井を見上げ、小さく息を吐いた。まだ殴られた傷が痛むのか、胸がシクシクと疼いた。
「あの人は関係ないから……。もしかして、警察に被害届とか出した?」
「あの状態で病院に救急搬送されて『階段でコケました』は通用しないだろ。それに……危険ドラッグ使われてレイプされたとなれば警察だって黙ってない。意識が戻ったことを知れば、いろいろ聞かれると思うが……大丈夫か?」
「俺は平気だけど……。杉山さんは大丈夫なの? ウリやってること……」
「その辺はお前が気にしなくも大丈夫だ。普段から各方面にいい顔見せてるし、うちは最優良店で通ってるんだ。ただ……お前がどういう経緯で被害に遭ったのかということは調書や裁判の時に明らかになる。それでも……大丈夫なのか?」
自分の事よりも、何より周りの者に気を遣う杉山の性格は前の店にいた頃から変わらない。店が買収された時もオーナーの経営方針に納得がいかないというスタッフやボーイを連れ出してくれたのは彼だった。
『俺が何とかする』
いつもそう言って盾になろうとする彼だからこそ、慕う者が増えていったのだろう。
「俺に出来ることは何でもする。お前ひとりに重荷は背負わせないから……」
「――俺、金を貰っちゃったんだよ。貰った以上は合意の上ってことになるんだろ?」
「あんな精液塗れの札なんか使えるかよっ。お前は自らの意思で体を売ったんじゃない。金を貰おうと何だろうと薬を使われてレイプされたことには変わりない。もしも、強制性交等罪が適用されないとしても、これは立派な威力業務妨害だ。うちの商品を傷モノにされたんだからな。それに――」
杉山が言葉を切って少しの間言い淀んだ。そして、小さく吐息しながら続けた。
「本当の事を言うと、被害届を出すようにと勧めてくれたのは彼……なんだ」
「……」
杉山の口から出た『彼』が誰なのか、友規にはすぐに分かった。呆れたように一つだけ大きなため息をついて、ベッドのすぐ横で「すまない」と頭を垂れる杉山を睨んだ。
「――っとにさ、余計なことしてくれるよね。何も知らないクセに……」
でも、律義で真面目な尚登らしい行動だと思った。あの黒い瞳の中に強い意思を滾らせて相手を見据える端正な顔立ちを思い出し、友規は思わず口元を緩めた。
「トモキの体に残っていた相手の体液やホテルの監視カメラ映像、血液検査の結果も警察に提出済みで、今後のことについては彼の知り合いの弁護士がついてくれるそうだ」
「金もないくせに……。弁護士なんか雇える立場かよ」
思っていもいないクセについ口を吐いて出てしまう毒。
尚登自身がツラく苦しい時期であり、友規の事を心配する余裕など本当はないはずだ。それでも、友規の事を気遣う彼の真意はおそらく――同情。
尚登には友規に対してそれ以上の感情はない。
ウリ專ボーイが起こした客とのトラブル。その被害者がたまたま友規だったというだけのことだ。
弁護士のことも、友規に世話になっているという理由だけで依頼したのだろう。
「バカみたい……。男の精液で穢され続けて来た俺なんか、何の価値もないのにな」
体は綺麗に拭かれさっぱりとしている。それなのに、まだ笠原たちの精液の匂いがこびりついているようで居たたまれない。
笠原たちは尚登を貶めるために友規を犯した。だが、それがまったくもって意味のないことだといつ気付くだろう。
一流企業の乗っ取りに絡んだ怨恨――友規はそれに巻き込まれただけ。
「――そろそろ帰るよ。ナースステーションにはお前の意識が戻ったことは伝えておくから」
椅子から腰を浮かせた杉山のジャケットの裾を不意に掴んだ友規は、顔を彼の方に向けることなく言った。
「アイツには黙ってて……」
友規の少し棘のある声に、杉山は小さく吐息して「ああ……」と頷いた。
カーテンの向こう側に消えていく杉山を視線だけで見送って、その気配が感じられなくなった瞬間、堪えていたものが堰を切ったように溢れ出した。こみあげる嗚咽に肩を震わせて泣いた。
「もう……会えるわけないじゃん……。嘘ついて、騙して……どんな顔して言い訳しろって言うんだよ」
唇を震わせて声にならない声を喉の奥から絞り出す。
こんなに苦しむくらいなら、いっそ笠原たちに殺されていた方が幸せだったかもしれない。
胸が苦しい。痛くて……息が出来ない。
頬を伝って流れ落ちる涙が友規の髪を濡らしていく。
「こんな終わり方って……ありかよ。初めて……俺の初めての――」
もうだいぶ前から分かっていた。いや、思い返してみれば尚登に初めて会った夜に落ちていたのかもしれない。
でも、それを認めたら自分が自分でなくなっていきそうで怖かった。ツライ過去から逃げるように、自分だけを信じてここまで来た意味がなくなってしまいそうで……。
ここには何もない。それなのに記憶の中にある微かな煙草と柔らかな香水の香りが離れようとする友規の心を繋ぎとめようとする。小刻みに震える彼の冷えた指の感触がリアルに感じられ、体に流れ込んでくる憂いに身を震わせた。
「尚登……」
ギュッときつく閉じた瞼から涙の滴が溢れた。
雨の滴が流れるビニール傘越しに見た風景。記憶の中の尚登の顔も少しずつ悲しみの色に滲んでいった。
*****
友規は微睡の中で何度も同じ夢を見た。
手錠で拘束された際に残った手首の傷に触れ、苦しげな表情で赦しを乞う男の姿を。
思い切って手を振り払うことも出来るはずなのに、その心地よい感触を貪っている自分がいる。
彼を裏切っておいて、なんて都合のいい話だ。やはり他人から与えられる愛撫を自然と受け入れてしまう淫らな体のせいなのか……。
ふわり。
微かな煙草の匂いが友規の鼻腔を擽った。杉山のものとは違うその香りに、忘れかけていた胸の痛みがまたぶり返してくる。
心地よい微睡を抜け出し、重い瞼をゆっくりと開いていく。自身のすぐそばにある気配に小さく息を呑んだ。
大きな手が友規の手をぎゅっと握りしめ、そこに額を押し付けるようにして小さく震えていた。
「――なおと……さん?」
恐る恐る視線だけを動かし、窓を背に逆光で影になったその人の姿を見つめる。
「友規……」
もう二度と会えない――そう思っていた彼がそこにいた。
強い光を湛えた黒い瞳が潤んでいる。目の縁が薄っすらと赤くなっているのは、彼が泣いていたことを裏付けていた。
(なんで……泣いてるの。俺なんかのために)
友規はすっと視線を天井に戻すと、起き抜けの掠れ声のまま言った。
「――俺、嘘ついてアンタをずっと騙してた」
その声音は自分でも驚くほど落ち着いていて、逆にそれを聞いた尚登が瞠目したほどだった。
「俺のこと、いい人だって思ってた? ホント、呆れるほど騙されやすい人だよね。そんなんじゃ社長なんて務まらないよ。時には疑う事を学習した方がいい……って、俺に言われたらおしまいだな」
突き放したい。もう関わって欲しくない。
その一心で顔を見ないようにしていた。抑揚のない声で冷たく接した。
それなのに……。
「――だから、なんだ?」
腹の底から吐き出すような彼の低い声が静寂に支配された部屋に響いた。
驚きと同時に友規の中に湧き上がったのは、どうしようもない怒りだった。
握られていた手を思い切り振り払うと、友規は尚登を睨みつけたまま声を荒らげた。
「もう、俺と関わるなって言ってんの! 今回の事で分かっただろ? 俺は淫乱なゲイで、金をくれる男になら誰にでも脚を開くビッチなんだよっ。――堪らなく気持ちが良かった。まだ解されてもいないケツ穴に無理やりデカいチンコを突っ込まれるんだぜ? 喉の奥を亀頭で思い切り突かれるのも堪らない……。思い出しただけで勃起するほどセックスが大好きなんだよ。男の精液を体に浴びてないと気が狂いそうになる。こんな穢れた男と一緒にいられるのか? どこの誰のものとも分からない男の精液の匂いをプンプンさせた俺と一緒に……いられるわけないだろ。アンタは……」
友規は不意に込み上げた嗚咽に言葉を詰まらせた。なぜだろう……涙が止まらない。
きつく閉じたはずの瞼から次々と溢れてくる涙が友規の気持ちの裏に隠してきた本当の想いを曝け出しているようで悔しかった。
「アンタは……俺みたいな奴といちゃいけない人……なんだよ」
一度は落ちた絶望の淵から這い上がろうと足掻いている尚登を、更に深みに堕とすような真似はしたくない。
だから、笠原のことは黙っていた。
いずれは彼の耳にも入る日が来るだろう。でも今は、彼のせいにはしたくなかった。
椅子に腰かけたまま項垂れて何も言うことなく友規の声を聞いていた尚登だったが、ゆっくりと顔をあげると固く結んでいた薄い唇を解いた。
「強がるのもいい加減にしろ」
それまで閉ざしていた唇からたった一言発せられた言葉だったが、友規は目を見開いて尚登を見つめる事しか出来なかった。
声を荒らげるでもなく、落ち着き払った重みのある声音に呼吸をすることすら忘れていた。
怒り、苦しみ、悲しみ、そして優しさ。あらゆる彼の感情が入り混じったその言葉に、友規は肩を震わせた。
「――お前は穢れてなんかいない。それ以上、自分を卑下するのはやめろ」
「アンタに何が分かるんだよ……」
友規は尚登に背を向けるように寝返ると、布団を目元まで引き上げた。
心臓がドクドクと激しく打ち続けている。頭痛も治まったはずなのにこめかみのあたりがツキンと痛む。
布団の縁を握りしめた手の震えが止まらない。
これ以上、尚登の気配を感じていたら感情が崩壊する――そう思った。
虚勢を張り続けなければ、脆くなった自身の心が悲鳴を上げて彼に縋りつきそうになるのが怖かった。
そうなったらもう……彼なしでは生きられなくなる。
「――中学生の時、母親の再婚相手に無理やり犯されて。それから俺は男に抱かれることにしか快楽を見い出せなくなった。親も友達も……誰も信じられなくて、どうやって生きて行こうって悩んで出した結論がこれなんだよ。自分も相手も気持ちよくなって、お金まで貰えるなんて最高な仕事だって……。軽蔑するだろ?」
尚登からは見えていないと分かっているのに自嘲気味に唇を歪める。
「義父に手足を縛られたあの時の快感が忘れられなくてさ、今でもたまに客に強請るんだ。今回もそう……俺が誘った。『滅茶苦茶に犯してくれ』って……」
耳元でガチャガチャと鳴る手錠の金属音、動くたびに手首が擦れ血が滲んでいく。膝を折られたままゴムバンドで固定された脚は血流が滞り冷たくなっていくのを感じた。無理やりに腿を開かれ股関節が悲鳴を上げるほどの痛み。
友規は癒えはじめたはずの体の傷が、あの時の記憶によって抉られるように痛みが増したのを感じてキュッと体を丸めた。
体についた傷は日が経てば自然と癒えてゆく。でも――尚登を貶めた男たちに犯された心の傷はより深く、痛みを伴いながら蝕んでいく。
尚登を恨むのは間違っている。でも……出逢わなければこんな目には遭わなかった。
彼は悪くない。悪いのは嘘をつき、男に体を売っていた自分。
大企業の社長という別世界に住む彼のそばにいてはいけない存在……。
友規と尚登を分かつ溝は格差となって深く大きく広がっていく。どれだけ頑張っても彼に近づくことが出来ない友規は諦めたようにそっと目を閉じた。
「――だからさ、もう帰ってよ。アンタに何も話すことないし。部屋は勝手に使ってくれていいから。俺、しばらく戻れそうにないし――え?」
布団越しにズシリとした重みと煙草の匂いを感じて、友規は身を強張らせた。
尚登の力強い腕が薄い布団ごと友規の体を包み込んでいたからだ。
「もう、嘘つくな……。俺は何を信じたらいいのか分からなくなる」
「……」
「悪かった、許してくれ……なんて薄っぺらい言葉で到底許されるはずがないと分かっていても、俺はお前に何度も赦しを乞う」
「尚登……さん?」
「お前は誘ってなんかいない。アイツらに犯されたんだ……」
背中から聞えるくぐもった尚登の声に、友規は閉じていた目を大きく見開いた。
「狂ったように求めたのは薬のせい。お前の……意思じゃない。アイツらが俺を貶めた奴だと分かっていたんだろ……? お前を巻き込んでしまった俺をなぜ……罵倒しない? 出逢わなければ良かったって罵るのが普通じゃないのか? お前がこんなことになるくらいなら、俺はいっそ死……」
「死ぬとか……絶対言っちゃダメだっ」
言いかけた尚登の言葉を咄嗟に遮ったのは、友規の鋭い声だった。
あの夜の記憶が徐々に鮮明になっていく。会社を乗っ取り、尚登を失脚させるだけが笠原の狙いではない。自分の妨げになるようなマイナス因子は徹底的に排除しないと気が済まないタチであることは、彼の言葉の端々から窺い知ることが出来た。
友規を利用して尚登自ら死を選択させるように導く、陰湿で実に汚いやり方だ。
「友規……」
「言うなよ……そんなこと。アイツらの思う壺じゃんかよ。――ってか、なんで知ってるんだよ」
友規は全身に入っていた力を徐々に抜きながら、ため息交じりに呟いた。
脱力した分、背中にかかる尚登の重みをよりハッキリと感じられる。
布団の厚みさえももどかしいほどの熱が、友規の背中にじわじわと広がっていくのが分かった。
「あの夜、俺のスマホに動画と数枚の写真が送られてきた。――真剣に死ぬことを考えたよ。お前のあんな姿を見せられたら……正直、気が狂いそうだった。涙を流しながら欲しくもないモノを強請る姿が痛々しくて……耐えられなかった」
「最低……っ。アイツらどこまでクズなんだよ。悪趣味にもほどがある」
舌打ちしながら毒づいた友規の布団がほんの少しだけ捲られ、背中に尚登の胸の感触を覚えて息を呑んだ。
二人を隔てていた布団がなくなったことで、彼の体温をダイレクトに感じる。
高鳴る心臓の鼓動が尚登に聞こえてはいないかと再び身を強張らせた。
長い沈黙の間に、尚登の長い指先が友規の首筋にかかった髪を払いのける。くすぐったさに首をすくめた時、不意に耳朶に甘い痛みが走った。
「ん――っ」
「もう嘘は吐かないでくれ……。俺の命は友規に救われた……もう死ぬことは考えない。だから、約束して……」
尚登の甘さを含んだ低い声と息遣い、歯を立てた耳朶を愛撫するように這う舌が友規の心をかき乱した。
どこまでも思わせぶりな尚登の行為に、友規の中で芽生え始めていた初めての感情が大きく揺さぶられる。
一度は諦めた――いや自己完結したはずの片想い。
その想いを再び友規の手元に引き戻すかのような尚登のキスに友規は身を震わせた。
啄む様に繰り返される耳朶へのキスが心地よくて、余計に切なくなる。
これ以上触れていたらまた苦しまなければならなくなる。
「やめ……て、尚登、さ……ん」
「ごめん……。ごめん……友規」
うわ言のように囁く尚登の温もりと優しさを感じて、友規はシクシクと痛みだした胸をぐっと押えこみ、唇を噛みしめたままきつく眉を寄せた。
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