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【6】

 翌日、友規は自宅マンションへと戻った。しかし、いざ部屋に入ろうとすると足がすくんでドアを開けることが出来ない。  何度もエレベーターホールに引き返しては、自分の部屋の前に立つ……ということを繰り返す。  今日、尚登が出かけるという予定は聞いていない。  どんな顔をして部屋に入ろうか……。友規は自身の顔を両手で挟み込んだまま動きを止めた。 「――ってか、俺の家じゃん」  自分の家に入ることを戸惑う家主がどこにいよう。ここは堂々とした態度で帰っても、彼に文句を言われる筋合いはない。  だが、尚登からの着信を無視し続けた上、無断外泊をした友規を笑顔で迎えてくれることはまずないだろう。  友規はレバーハンドルに手を掛けて深呼吸をした。  カチャリとラッチが開く音に鍵が掛っていない事を知ると、少しだけ肩の力が抜けた。  思い切ってドアを開けて中に入ると、リビングから尚登が姿を現した。チラリと視線を上げただけで彼の横を黙って通り過ぎようとした時、大きな手が友規の腕を掴んだ。 「――どこに行っていた?」 「どこだっていいだろ。アンタには関係ない……」  振り切って寝室に向かおうとした友規だったが、更に力を込めた尚登の手に阻まれる。 「放せよっ」 「――また、男に抱かれたのか?」  尚登の抑揚のない冷たい声音に、友規の胸がチクリと痛んだ。河野とホテルにいたことは認めるが、彼とはただ話をしていただけで後ろめたい行為はしていない。あえていうのであれば、バスルームで一人、尚登の事を想って自慰をしたくらいか。  何より友規の気持ちをかき乱したのは、尚登の高圧的な物言いと自身を見下すような冷酷な眼差しだった。まるで汚いものでも見るかのように友規に注がれていた。  病室で、友規を諭すように「穢れていない」と紡がれた言葉は嘘だったのか。  退院してから毎日のように同じベッドで体温を感じながら眠った日々。尚登の温もりなしでは眠れなくなってしまった友規を突き放すような態度に、適度に潤っていた心の水が暴れ出し水位を上げていく。 「それも関係ないだろ。俺は自分の仕事をしてただけだ。アンタにとやかく言われる筋合いはないっ」  何もかもに恵まれて育ったであろう尚登と、義父の性玩具として青春時代を過ごした友規では天と地ほどの差がある。他人には理解を求めないとは思っていても、あからさまに蔑みや憐みの目を向けられることは友規にとって耐えがたいことだった。しかも、それが密かに恋心を抱いている尚登からそう見られているという事実に無性に腹が立った。  やはりクズはクズとしか見られない……。 「お前の体を心配しているんだぞ? どうしてそれを理解しない?」 「自分の体は自分が一番よく分かってるっ」 「――もう、ウリはやめろ」  野獣が唸るような低い声に友規の背中がピリリと震えた。湛えた強い光で友規の心を見透かすような尚登の黒い瞳の中に怒りが浮かんだ。その力強さに恐怖を覚え、目を逸らして逃げ出したいはずなのに、金縛りにあったように動けない。 「あんなに酷い目に遭ったのに、まだ自分の体を犠牲にするのか?」 「犠牲? 何か勘違いしてない? 俺は気持ちよくなりたいからやってるだけ。義父に犯されたあの日から自分が淫乱だって自覚しちゃったし……。愛だの恋だの、面倒なこと抜きでセックスしたいんだよっ」  力任せに体を捻り尚登の手を振り払った瞬間、友規の体は尚登の力強い腕に攫われるようにして寝室へと連れ込まれた。強い力でベッドに投げ出された友規は、顔にかかった乱れ髪をかきあげながら声を荒らげた。 「なにすんだよっ!」 「そんなにセックスがしたいのか?」 「ああ、したいね」 「――わかった」  尚登は部屋の片隅に置かれていたノートパソコンが入ったケースから財布を取り出すと、その中に入っていたありったけの札を抜き取り、友規に向かって投げつけた。 「俺の所持金全部だ。これでお前を買うっ!」 「なに……っ」 「俺は客だと言っているんだ。これで文句はないだろう? それともサービス出来ない理由でもあるのか?」  着ていたシャツのボタンを外しながらベッドに近づき、ギシリと軋ませながら膝をついた尚登は友規を見下ろした。はだけられたシャツの合わせから厚い胸板と鍛えられた腹筋が見えた。額に落ちた長い前髪の奥から覗く獣のような黒い瞳が友規を見据え、尚登は今まさに食いかからんと牙を剥いているようだった。  ヘッドボードまで後ずさり、背中をピタリと付けたまま身をすくめる友規の肩に大きな手がかかった。 「や……やめろっ」  片手で足を掬われ、シーツの上に押し倒された友規に覆いかぶさるように尚登の体が重なる。  抵抗する友規の両手をいとも簡単に一つに纏め上げた尚登の端正な顔がゆっくりと近づき、そして唇が重なった。獲物に喰らいつくような強引なキス……。唇の隙間を割って入ってきた尚登の厚い舌が友規の口内を蹂躙する。その熱さと勢いに息が出来ない。喘ぐ様に酸素を求める友規の唇の端から呑みきれない唾液が糸を引いて流れ落ちた。 「っん……ふぅ!」  歯列をなぞり、口蓋を愛撫する舌の動きが止まらない。その間にも友規が着ているTシャツの中に忍び込んだ冷たい手が柔らかな肌の感触を楽しむかのように脇腹から腰、そして胸の突起をあえて避けるように這い回っている。乳輪に沿って円を描く様に動く指のもどかしさに、友規は小さく声をあげて背中を反らせた。 「んんっ……あぁ。はぁ、はぁ……っ」  今まで出逢ったどんな客よりも尚登のキスは激しく官能的だった。頭上に纏められていた手にはもう抗う力さえも入らない。発情した獣のような荒い息を繰り返しながら、尚登の唇が友規の首筋に下りてくると、まるで自分のモノであるかを示すようにやんわりと歯を立てられた。その痛みに顔を顰めるが、すぐに甘い痺れとなって毒のように全身に広がっていく。  ベッドに組み敷かれてそう長く時間は経っていない。それなのに友規のデニムの中はすでに力を持ち始めたペニスが膨らみ、硬い生地を下着ごと押し上げている。義父や客に仕込まれた友規の体は感じやすく、すぐに快感の糸口を掴むのは容易い。しかし、心の底から『気持ちがいい』と思ったのは今日が初めてだった。  すぐそばにある尚登の顔。笠原に組み敷かれた時とはまるで違う安心感がそこにはあった。  心地よい感触と体の奥底を炙られるようなむず痒さが友規の中を火照らせ、細い身体をくねらせていく。  上着とTシャツを脱がされ、細い腰に回されたベルトの金具を外す音に、友規はビクリと体を震わせた。笠原に拘束された時に使われた手錠の金属音が耳の奥でその音とラップする。もう薄っすらと痕しか残っていない手首の傷があの時の事を思い出したかのように痛み始めた。体を強張らせて眉を顰めた友規の表情に気付いたのか、尚登はその手を止めた。 「――イヤか?」  尚登の問いかけに唇を噛んだまま黙り込んだ友規の耳元に柔らかな息がかかる。 「友規……。俺に抱かれるのはイヤか?」  先程の抑揚のない怒りを含んだ硬質な声音とはまるで違う、柔らかで温かみのある低い声が鼓膜を震わせた。  その声にゆっくりと顔を向けると、尚登の唇が優しく友規の唇を啄んだ。 「怖かったら素直に言え……」  彼の唇が友規の胸元に強く押し当てられる。チリリとわずかな痛みの後でその場所が熱を帯びて甘い快感を呼ぶ。それを何度か繰り返してから、触れられないもどかしさを主張する硬くしこったピンク色の乳首に音を立てて吸い付いた。 「あぁ……っふ……ふぅ!」  笠原から執拗に弄られ変色していた乳首も、今は元の薄いピンク色に戻り尚登から与えられる愛撫に打ち震えている。忌々しい記憶をなかったことにするかのように、同じ場所に触れて口づけることにより尚登の感触を徐々に体が覚えていく。それが繰り返されることで上書きされ、尚登のものへと変わっていく気がした。  力で捻じ伏せて跪かせるための支配ではない。尚登が与えるのは快楽と安らぎ、何より唯一無二の温かさが感じられる支配。  触れても、冷たくも痛くもない鎖に緩やかに縛られていく感覚が堪らなく心地いい。 「あ……あぁ……っ」  股間に強烈な圧迫感を感じて膝をわずかに立てた。それに気づいた尚登が先程よりも大きく膨らんだ場所を優しく撫であげて喉の奥で小さく笑った。 「苦しそうだな……。ベルト、外してもいいか?」 「ん――」  強引に体を暴くことがどれだけ友規の体と精神に負担を掛けることになるか、尚登は十分すぎるほど理解していた。それ故に乱暴に着衣を脱がすこともしない。  友規は声に出すことなく彼の問いかけに素直に応えた。その返事を待って、彼の長い指がベルトの金具を外した。こんな状況でもなるべく金属音を立てないようにしたことが彼なりの気遣いだったのだろう。  ホックを外しファスナーを下ろして前を寛げる。すでに先走りの蜜でぐっしょりと下着を濡らしていた友規の臍に唇を押し当てながら下着ごと穿いていたデニムを引き下ろした。弾かれた様にウェスト部分から飛び出した淡く色づいたペニスは先端から溢れ出た透明な蜜を纏い、ヌラヌラと鈍く艶めいていた。 「綺麗だよ……友規」  上体を起しながらデニムを抜き取った尚登は、薄い下生えに糸を引きながら横たわる友規のペニスに感嘆の声をあげた。  友規はその声にゆっくりとシーツを手繰り寄せた。義父を始め何人もの男に弄られたその場所を綺麗だと言ったのは尚登が初めてだった。男性にしてはそう大きくないサイズではあるが、色白の友規の体に違和感なく存在する綺麗な色をしていた。  まるで大切な物でも包み込むように手を添えた尚登はゆっくりと顔を近づけた。 「やだ……汚い、から……っ」 「他の男にはさせるのに……?」 「ダメ……尚登さんは……ダメだって! ふあぁ……んっ!」  茎に滴った蜜を根元から舐め上げるように尚登の舌が這う。ハッキリとした括れを持つ亀頭の先からプクリと膨らんだ蜜に舌先を伸ばして、上目づかいで友規を見上げた。  男でも見惚れるほどの端正な相貌が見えない何かに吸い寄せられるかのように自身のペニスを口に含む光景は何より扇情的で、友規は強烈な羞恥に身を震わせた。寝室に掛けられたカーテンの向こうからは眩い陽射しが差し込んでいる。明るい光が照らす部屋の中で行為は背徳感がより増幅する。  何も隠すものもないシーツの上で、友規は尚登から与えられる快感に腰を揺らした。  カリを唇に挟んだまま頭を上下させる。ジュボジュボと卑猥な水音が断続的に響き、時に喉の奥まで咥えこまれると喉が締まることによって与えられる圧迫に早くも射精感を催す。しかし、それを知ってか尚登は茎を喉から引き抜き、当たり障りのない場所を舐めては友規の反応を窺っている。  同じ男ならばどこをどうすれば快感を見い出せるかおのずと分かってくる。その場所をあえて外すことで友規を焦らし煽っているのだ。 「やだぁ……そこ、やだっ!」 「そうか……。じゃあ、ここは?」 「っん!――あぁ、いい……気持ち、いいっ! もっと……もっと……してっ」  溢れ出る蜜を茎に纏わせながら上下に扱き上げると、友規の腰が徐々に浮いてくる。シーツから浮いた背中が軋むような感覚はあるが、それを凌駕するペニスへの愛撫が堪らない。 「あ、あっ、あぁ……ふ……っく! ダメ……イ、イッちゃう……このままイ――っちゃう、からぁ!」 「イッていいぞ……。我慢することはない」 「あ、ダメ……っ。な、おと……さん、くち……外してっ」  鈴口が堪えきれないようにヒクヒクと痙攣し、白濁交じりの蜜が出始めたのをきっかけに、尚登はもう一度友規のペニスを口に含んだ。唾液を滴らせた舌を絡ませ強く吸い上げながら、たっぷりとした陰嚢を片手で揉み、その中にある二つの球を指先で転がす。 「っふ……! も……無理っ! あぁ……あ、あ、あっ、イク……イク、イク――ッ!」  尚登の中で友規の欲望が弾けた。昨夜、自慰をしたとは思えないほどの長い射精。それをわずかに目を伏せたまま味わうように嚥下する尚登の表情に友規は顔が熱くなるのを感じた。男らしい喉仏がゆっくりと上下し、粘度のある液体を飲み下すその姿は雄々しく、そして慈愛さえ感じられるものだった。  客のほとんどは友規に口淫を強制する。友規に対しては簡単な愛撫だけを施して挿入するという自己中心で身勝手な者が多い。客は快楽を求めて友規を買う。それ故にサービスするのが当たり前と言ってしまえばそれまでの事なのだが、やはり同じ男として感じる場所を心得ているのであれば少しばかりの気配りがあってもいいと思う。しかし、それを口に出すことはボーイとしてサービスに対する認識不足として捉えかねない。  射精後の敏感になった場所を残滓を絞るように吸い上げた尚登は、唇に残った白濁を舌先で舐めとりながら顔を上げた。 「美味しいよ……」  友規は、尚登が紡ぐ言葉一つで一喜一憂する自分が不思議で仕方がなかった。  突き放されれば心が軋み、嬉しそうに笑みを浮かべれば一瞬でも幸せな気持ちになれる。  ぐったりと汗ばんだ背中をシーツに沈めた友規は胸を喘がせながら体を丸めた。露わになった肉付きの薄い尻を尚登の大きな手が鷲掴み、友規の体をうつ伏せにさせた。  腰をがっしりとホールドされたまま高くあげられる。客には見せ慣れているはずのその場所を尚登の目に晒している。たったそれだけなのに、浅ましい蕾はヒクヒクと収縮を繰り返しているのが分かった。 「尚登さん……今度は、俺が……」  恐る恐る肩越しに振り返った友規の声が耳に届いていないかのように、尚登はベッドから一度下りて自身の荷物の中からローションの入ったボトルを取り出すと再びベッドに膝をついた。  ボトルを傾けて少し粘度のある透明な液体を自身の手に垂らすと、それを友規の蕾にたっぷりと塗り込んだ。ヒヤリとする感触に一瞬だけ背筋が収縮する。それが友規と尚登の手の温度に馴染んだ頃、後方でヌチャヌチャと音がし始める。  笠原の凌辱で酷い裂傷を負ったその場所は、何かを警戒し拒むように固くなっていた。尚登に見られることで蕾の内部は綻んではいるものの、薄い襞で覆われた外部は強張ったままだ。  愛撫もなく、ましてローションも使うことなくいきなり太いバイブを突き立てられ、更に男の剛直を長時間受け入れた場所はあの時の痛みをまだ覚えていた。  尚登の長い指が頑なな蕾の縁を柔らかくマッサージする。ローションが乾かぬようにと何度もボトルを傾けては丁寧に友規の蕾を解していく。指を挿れる時もまたゆっくりと柔らかくなった襞に負担を掛けないように長い時間をかけて根元まで入れた。最初は第一関節でも跳ね返していたそこが尚登の指を安全なものだと認識すると、たった一本の指でも嬉々として迎え入れた。  内部で円を描く様に最初は小さく、徐々に本数を増やしながら大きく動く尚登の指に、友規は胸をシーツに押し付けて息を詰めた。  痛めつけられた恐怖、それを尚登の指が癒していく。 「痛いか?」  羽枕に頬をつけたまま首を微かに横に振る。クチュクチュと小さな音を立てて蕾が綻んでいくのを感じながら、友規は『欲しい』と渇望した。  そんな友規の心を内を見抜いたかのように、尚登がゆっくりと指を引き抜いた。 「あぁ……」  思わず漏れてしまった声に、友規は自分の浅ましさを恥じた。  尚登の手が尻の形を確かめるようにラインに沿って撫で上げる。そして、蕾を隠す双丘を両手の親指で押し退けるように割り開くと、そこに顔を近づけた。彼の息遣いを敏感になった後孔で感じ取った友規は、大きく目を見開いてわずかに上体を起した。 「なに……っ。尚登さん、やめて……っ! 汚いから……そこは穢れてる!」  友規の焦りの声も彼には届いていなかった。舌先を伸ばした彼は綻んだ蕾に自身の唾液を塗しながらゆっくりと挿入を開始した。  襞の内側を味わうかのように舐め、舌先をその先へと進めていく。 「やだ……っ! 汚い……そんなとこ、舐めちゃ……ダメッ! いやぁ……んんっ!」  いろんな男がペニスを突き込んだその場所を尚登が舐めている。時々、何かを吸い上げるように啜る音が聞こえ、友規はゾクゾクと背筋を走る甘い疼きに身を捩った。 「友規のここは綺麗だよ……。怖くない……嫌ならやめる」 「そ……じゃない! 尚登さん……そこは、俺の……っ」 「男のモノを咥えて悦んじゃう淫乱な場所……? だったら余計に……俺だけのモノにしたいと思うだろ?」 「え……」  後ろからくぐもって聞えた尚登の言葉に、友規は信じられない思いで動きを止めた。  今のはきっと、自分に都合よく聞こえただけの間違いだ……そう何度も言い聞かせる。  優しくされればされるほど、辛くなるのは分かっている。あの新しい恋人と抱き合っているところを見ただけで自分がコントロール出来なくなったのに。これ以上の思わせぶりは友規の心をもっと荒んだものに変えていく。 「お、お願い! 酷くしていいから……。も、滅茶苦茶に犯してくれていいからっ! やさし……く、しないで」 「友規……」 「早く……突っ込んで! 尚登さんの太いので、構わずに掻き回して欲しい……。痛めつけて……そ、しないと……俺、イケな……い」  腰を揺らし、自らの手を伸ばして双丘を割り開く友規に、尚登は小さく息を吐いた。 「嘘……、つくなって言っただろ」  ボソリと呟いた尚登の低い声に、友規は今まで以上に声を張り上げた。  涙が止まらない。忘れたいのに忘れられない。 「嘘じゃな……い! 奥、一番奥を突いて……。激しく……して、俺に……種付けしてぇ!」  尚登の手が友規の腰を支えるように仰向けにした。その動きを封じるかのように体を重ねた彼は、眉を顰め、何かに必死に耐えるような表情を浮かべて、涙で顔をぐしゃぐしゃにした友規を見下ろした。 「――これ以上、自分を傷付けるのはやめろ。もっと自分を……大切にしろ。お前は愛される権利を持ってる」  真っ赤になった友規の目がゆっくりと見開かれていく。  すべてを失い、新しい恋を手に入れた成功者――。  自分と同じものを抱いていたはずの彼の口から出た言葉に友規は息を呑んだ。  絶望した尚登が死を意識した時、友規がその腕を掴んで止めたことがあった。夜の街で儚く死んでいく彼の姿は見たくない。だから必死に彼の腕を掴んで引き上げた。  友規は今、それに似た感覚を覚えていた。崖の縁で初めての恋と心を許した人を失おうとしている。今にも崩れそうな足元を見下ろし、このまま堕ちたら楽になると思っていた自分がいた。  その腕を力強い大きな手が掴み寄せ、温かな胸に抱き寄せてくれた。同情だと分かっていても、その熱は友規の体を侵食し心までも彼色に染めていく。  悲しくて、辛い未来しか見えないはずなのに、どうしてだろう……胸が張り裂けそうなくらい満たされてる。  心だけじゃない。痛めつけられたこの体も、素直に彼を求め感じようとしていた。  友規はすぐそばにある太い腕を咄嗟に掴んでいた。その直後、足元の崖が音を立てて崩れ落ちていく。まだ不安を完全に拭うとこが出来ない友規の背中を支えるように尚登の手が差し込まれた。 「堕ちるところまで堕ちたら、あとは這い上がるしかない。――お前が教えてくれただろ?」  パラパラと音を立てて深い谷底に落ちていく瓦礫を見つめ、友規は竦んだ足を彼に絡めた。 「――抱いてください。俺……アンタのことが……」  言いかけた友規の言葉を封じ込めるように尚登の唇が重なった。  友規の太腿に当たる尚登の昂ぶりを感じて、頬を伝う涙を拭う事も出来ない。  一生に一度でいい。今だけは――誰かを愛し、愛されていたい。  尚登が羽織っていたシャツを脱ぎ、穿いていたスウェットパンツを下着ごと脱ぎ捨てると、余裕なく自身の昂ぶりにローションのボトルを傾けた。透明の液体をたっぷりと塗りつけ、友規に負担を掛けないようという気遣いからか、慎重にその場所へ先端をあてがった。 「きて……」  触れた先が蕾の繊細な襞を通して彼の熱を伝えてくる。硬く大きく張り出した先端、ずっしりと質量のある雄々しい尚登のペニスが友規の襞をゆっくりと割り開いた。彼からの愛撫によって綻んだ蕾はふんわりと柔らかく包み込むように迎え入れる。痛みはまったくない。むしろムズムズした感覚が断続的に友規の腰を疼かせている。  尚登は肩を上下させて呼吸を必死に整えていた。相当余裕を失っていることはすぐに分かったが、彼の理性が友規への優しさを最優先させている。 「んあぁ……っ。はい……ってく、る! 尚登さん……と繋がって、るっ」  予想以上に大きいものを迎え入れた体が強張っていく。それを防ぐために友規は短い呼吸を繰り返した。  大量のローションのお陰か、長い時間をかけて尚登のモノを根元まで咥えこんだ友規は、泣きながら笑顔を見せた。  『同じ痛みを抱えている奴ってのは本能で分かるらしい。痛みが分かるから寄り添っていたいと思うのが人間の本質じゃないのかな……』  河野の言葉が脳裏を掠め、また友規の心に潤いを与えた。  本能で感じ、本能で求めあう。そんな人間に出逢えることは奇跡に近い。  でも――友規はその奇跡を初めて信じようと思った。 「――動くぞ。ゆっくり……息をしていろ」  尚登の艶のある声に、友規は小さく頷いた。  両手を彼の首に絡めて、首筋に唇を押し当てる。尚登の汗と微かな香水の匂いが友規に底なしの安心感をくれる。 「お前は綺麗だ……。どこの誰よりも……綺麗だよ」  自分を貫いている体内にある尚登の楔の存在を何よりも大きく尊く感じながら、彼が与えてくれる極上の快楽の海に身を投じた。  尚登の指先から冷たい憂いは消えていた。代わりに友規が感じたのは、重なり合った肌から入り込む無償の愛。  今まで触れたことのない感触に戸惑いながらも、その手触りにすべてを委ねていたい……そう思った。  ずっとずっと、この時間が続けばいいと思った。  たとえそれが叶わない願いだったとしても――

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