29 / 31
第29話
まるで無駄のない、舞踊を見ているかのようだったマスターの動き。
それには遠く及ばないだろうが、廉は精一杯がんばってくれた。
(廉は今、俺だけのためのコーヒーを淹れてくれているんだ)
そう考えると、胸が熱くなった。
マスター、ありがとう。
こんな幸せ、他にはないよ。
マスターもこうやって、お客さん一人ひとりの為に、最高の一杯を淹れていてくれたんだね。
廉のコーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。
ふと気が緩み、涙が一粒零れた。
「泣くほど美味しい?」
「うん。感動した」
廉には、解っていた。
もういないマスターのことを、巽も心から悼んでいるんだ。
僕と同じ思い出を、共有する巽。
そう考えると、彼の存在がとても重く大切に感じられた。
離れたくない。
離したくない。
ともだちにシェアしよう!