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第4話

-月-  また彼に会える気がして、彼と出会ったいつもと違う道に来ていた。近くに少し有名なお宮があって、彼はそこに行きたいらしかった。友人の試合の祈願にお守りを買うのだと話していた。引っ越してきて暫く経つが、あまりこっちの方面は出歩かないと話していた。迷って不安げだったのが嘘のように嬉々として。おれはあまり人と話すのが得意ではなかったというのにおれからも一言二言自分から話していたような気がする。 「あ!緋野せんせ!」  会えるかも知れないと期待はしていた。だから足を運んだ。あの子の声が聞こえた。途端におれは恐怖に近い不安を覚えた。 「緋野せんせ!緋野せんせぇ!」  あの子が走ってくる。スポーツ少年らしかった。三十路に差し掛かっているおれに追い付くなど容易いことで、逃げようとすることも忘れた。 「緋野せんせ!良かった。ここに来たら、また会えるんじゃないかと思って」  鼈甲飴によく似た瞳は今は笑みと共に弧を描く。あまり人通りの多い道ではなかった。見通しも悪い。道も狭い。あの日ここをおれが通ったのも大通りが工事中で、他の道も資材搬入があったからで。こんな可愛い子が1人でこの辺りを歩いていていいのか。人攫いに誘拐されたりしないか。もし事故に遭ったら誰にも気付かれないんじゃないか。慣れない感覚が一気に押し寄せ、潰されそうだ。そんなおれの考えを彼は知らなくていいというのに。むしろ知らないでいて欲しい。綺麗な目を見たくなって上を向かせてしまう。柔らかな肌に触れている。同時に爪を切っていないことを思い出して、日に焼けた肌理細かい頬から手を引いた。 「すまない」 「へ?」  珊瑚礁の「礁」と書いて礁太と名乗っていた彼はおれを見上げる。目が合ってしまい、彼は顔を赤くした。熱でもあるのか。具合が悪いのか。倒れてしまったらどうする?地面に、ガードレールに頭をぶつけたら? 「大丈夫か?」  爪を立てて引っ掻いたりなどしないよう慎重に額へ掌を当てた。熱があるという感じはしなかった。 「だ、だ、だい、大丈夫ですます、よ!」  彼は両手で額を押さえて数歩後退る。おれから離れていってしまう。この道で1人になるのは良くない。手を繋ぐよう促す。彼はまた躊躇いがちにおれの手を握った。 「緋野せんせ、オレ、オレね、緋野せんせぇがオレのコト覚えててくれて、ホント、嬉しかったです」  叫ぶように彼は言った。だが彼が言っているのは半分おれのことで、半分は(ひかり)のことだ。 「あ、の…ここには、よく来る…ですか?」 「そんなには来ない」  この道にはもう1人で来たらいけない。危ない。悪い人に攫われてしまう。車に轢かれてしまう。何かあっても誰にも気付かれない。 「そ、そうなんでスか…あ、の、でも、また会えて…すごく、嬉しくて…」 「おれも嬉しい。おれも…また君に会えるんじゃないかと思ってここに来た。だが、この道は良くない」 「あ、…そ、そっすよね…こんな場所で…何も外で…まままた、学校で話しかけてもいいですか!」  おれは少し驚いて、またこの子と話す機会があることに不思議な感覚がしたのも束の間、その相手はおれではないことに気付いた。 「ああ。いつでも」  (ひかり)に怯えないで済むだろうか、このよく笑う子は。おれと輝の見分け方は表情だそうだ。友人から聞いたことがある。輝は冷たいらしい。おれはそう思ったことはないが。双子の片割れという贔屓目といわれたならそれまでかも知れない。 「よかった…です。オレのコト忘れちゃってて…困らせてるんじゃないかと思ったから…」 「学校では緊張しているんだ。冷たい態度を取ったらすまない」 「そうだったんです、か!」  まだ固い話し方で、輝はもしかしたら余程彼に素っ気ない態度で接したのかも知れない。こんな可愛い子に。傷付いているんじゃないか。人嫌いになってしまったらどうする。 「あそこの道まで送る。そうしたら学校でまた会おう」  大通りに出るまでこの可愛い子が急に飛び出したりしないように手を繋いだ。綺麗な目がおれを見た。澄んでいて吸い込まれそうだった。この世に太陽の石があるならきっとそれはこれだ。 「緋野せんせ」  輝はおれ以外との接触は拒むから、これはおれだ。輝ではなく。

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