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第18話

-月-  おれの寝間着に身を包んで、おれのすぐ傍であの子が寝ている。寝息に耳を澄ませる。目が冴えて寝られなかった。布団の中でおれの匂いにあの子の匂いが混じっている。下腹部が熱くなって、暫く寝ようと努めたけれど焦れてトイレに向かった。2度もあられもない姿を見せられて、こうなるかも知れないことは想定していたけれど。客人が泊まっている時に情けない。薄い尻のラインと中心にあった可憐な蕾よような場所がしつこく浮かび、気触れた赤みに軟膏を塗る妄想をしてしまう。軟膏は白くあの子の孔の周りに纏わりついて、反射で蠢き、おれはそこに指を挿し込んでしまう。これ以上はいけない。虚構であっても最低だ。あの子を汚すような真似をして。穢い大人の欲望で。いけないと思うほどおれの手の中の性器は質量を増す。直視したいものではない、自分のものなんて。くだらない失礼な汚らしい妄想はまだ続く。都合のいい内容(はなし)だった。おれの指であの子は頬を上気させ、そういった話題で想像したシチュエーションそのままに腰を揺らして官能の波に呑まれて果てる。そんなことあるわけがない。友人から恋人との性生活の悩みを打ち明けられたこともある。そう簡単に相手の肉体の感覚など制御できない。そして何よりあの子とそうなれるわけもない。  タイミングを見誤り、便器を汚してしまう。最低だ。ペーパーで蓋の裏と便器を拭き取り、専用のアルコールティッシュで拭き直す。個室に(わざ)とらしいミントの香りがした。却って良かったのかも知れない。怠さの中で余韻に浸らずに済む。匂いにまで気が回らなかった。あの子がトイレを使う時に、おれがあの子を想ってマスターベーションに及んでいたなんて知られたくない。またあの子に触れしまうだろう手を何度も洗って、部屋に戻る。ベッドが軋んだ。 「あ…緋野せんせ。あの……オレが居て……寝られないですか…?」  目元を擦る仕草に心臓を外側に引っ張られた心地がした。 「いいや。そんなことは絶対にない。それとも眠れないか?それならホットミルクを作ろう」  彼は首を振る。甘いリンゴを齧った時のような音が暗い中に響いた。おれはベッドに乗る。肌触りのいい柔らかな毛布に包まれたこの子ごと抱き締めたくて仕方がなかった。そんなことをする前におれも布団に包まって横になる。背を向けたはずだけれど背中にあの子は頭を押し付けている。おれは布団を強く握りしめて目を瞑った。 「せんせ…ありがと。ホント、感謝してて…オレ、あの時、せんせがいなかったらと思うと、ホントは、すごい、怖くて…いつもは、ちゃんと言えないけど、いつも、ちゃんと言わなきゃって思ってた」  無理だな。そう判断した。おれはあの子のほうに向き直ってマシュマロ生地のような毛布に包まれた彼に腕を回さずにはいられなかった。(ひかり)とのことをおれが代弁するわけにもいかず、ただ黙って髪と背に触れた。強烈な幸福感と安堵感に眠くなる。勿体ない。まだ彼の匂いを嗅いでいたい。指に髪の感触が残ったままおれは眠りに落ちた。  ほんの一瞬の眠りという感じで、おれは何かしらの不慮の事故で死んで、ろくに祈りもせず徳を積んだわけでもないのに天国に逝ったんじゃないかと思った。柔らかな布団を掛けられた上半身とは別に下半身が重く溶けそうだった。気持ち良さに腰が動いてしまう。 「ぅ、んっ!」  可愛らしい声が聞こえておれは下半身を確認した。あの子が脚の間にいる。枕元のスマホはまだ鳴っていない。アラームで起こしたくなかったから少し遅い時間に設定してある。予定は聞いたが昼から働いているらしいからそれまでに食事を摂らせて送るという予定を立ていた。大きな目と目が合って、頭が冴えてくる。 「礁…?何を…それより、」  彼はおれの陰茎を舐めていた。舌が這う。おれのそこは直立し、濡れて光っていた。 「勃ってたから…オレ、緋野せんせに色々してもらってばっかりだから…これくらい、させて…ほしい、です…」  手で擦られ、また小さな口に戻される。舌が絡みつく。()も言われぬ快感におれは力が抜けた。あの子の髪が揺れている。必死な動きがこの行為の意味するところとは大きくかけ離れ、小動物がエサを頬張るような愛らしさを残す。 「礁…いい。やめなさい。トイレで出してくるから」 「ん…っ、気持ち良く、なかった…ですか」  髪を撫でると彼はおれの汚い場所から口を離して雑に手で拭った。 「そういう話っ…ぁ、」  この子はおれの腰に跨った。おれは驚いて腰を引く。彼の手の中におれの惨めな熱は握り締められ、寝間着の下をずらしたところに当てられる。おれの下着を貸していいものか迷って、結局一夜、この子は下着のないまま過ごしていた。 「は、ぅ……ん、ンぁ、」  小さな尻におれの醜い膨張が呑まれていく。きつく、この子も苦しそうだった。傷付けてしまう。腰を掴んだ。涙ぐむ目がおれを見ている。情けない箇所がまた大きくなってしまう。 「痛くする。やめなさい。よくない」 「よく、ないです、か……っ、?」  目の前の子は顔を真っ赤にした。おれが普段使っている少し大きな寝間着の袖から指が出る。またおれの不甲斐ない下腹部が疼いた。おれの使用した寝間着と、長い袖と、幼い指。目眩がする。おれは年上の女性が好きだったはずだ。少し粘着質で、心配性で、束縛の激しい、2つ3つ年上の女性が。真反対ともいえるこんな16、7の子供に欲情している。 「せんせ…見ないで……」  寝間着の中に手を入れ彼は真っ赤な顔のまま呟いた。胸に触っているようだった。 「ぁ、っん、」  おれの品のない欲をきつく締めていた彼のそこが収縮した。この子の体重でそこが開いた時に深く繋がってしまう。 「……っ、せんせ、きもち……い、い?」 「やめなさい、怪我をするから。抜き」 「見、ないで…っ」  汗ばんだ手がおれの目を覆った。深々と繋がる。おれの下劣な棒がこの清純な子の中に入っていってしまう。 「…っ、」 「きもち、よくする……です、から…っ」  この子の腰がゆっくり浮いた。浅ましい半身を締め付けながら。もどかしく与えられる官能に煽られ、思い切り突き上げたくなってしまう。おれの目元にある手を握った。 「せんせ……っ、」 「駄目だ、こんなのは」 「せんせ、だいじょ…ぶ。せんせの、好きに…動いて、…」  弱くこの子は微笑む。息は弾み、目には涙を溜めて、無理をしているのはすぐに分かった。おれの卑俗な猛りはそれだけでもう達してしまいそうで、彼の硬い背中に腕を回す。腰を抱いて引き寄せた。もう戻れない。このままトイレで呆気なく終われない。 「せ、んせ…、」 「すまない、悪い大人だ。おれは」  ベッドにこの子の髪が広がった。火照った頬は綻んでいるが汗や悩ましげに寄った眉を見てもまだ大丈夫なわけがなかった。冷えた手で彼の顔や耳の熱を下げる。様子を窺いながら腰を動かす。萎えている性器を刺激する。 「せんせ…んっ、あ、んんっ」  ベッドのシーツを掴む腕や、開いた腋が艶めかしい。 「痛かったら言ってくれ。こんなことをして申し訳ない。せめて、君も、気持ち良くなって欲しい」 「せ、ん、せぇ、ひのせんせ、せんせ…っあっあっぁっ」  おれの見苦しい陋劣(ろうれつ)な茎でこの純情な子が気持ち良くなれるのか自信はなかった。女性の身体とは要領が違う。ただ友人に前立腺マッサージというものがあることは聞いていた。どういった快感なのかは分からないが、とりあえず、男でも快感を拾える部分があるらしかった。 「苦しかったら言うんだ。つらかったらすぐにやめる」  取り繕って、この子が止めたがったらおれは中断できるのだろうか。 「う…ん。せんせ…?あっ、ぁぁんっ!」  まだおれを気遣うこの子に身体中が燃え上がる。腰が動いて止まらなかった。締められ、奥に引き込まれる。より強く腰を打ち付けてしまう。 「せんせ、せんせ、あっあっぁ…あ!」  前髪を掻き上げる。彼の大きな目が蕩け眉が下がった。 「大丈夫か」 「ンッぁ、せんせ…かっこいい、ンや、ぁっんっンッっ」  その声を聞いた瞬間に視界が明滅した。気付くとこの子の唇を塞いでいた。舌を捕らえて口腔を掻き回す。おれの腰に彼の脚が巻き付いた。より密着する。放したくない。おれの腹に当たる性器を扱きながら彼から呼吸を奪う。甘かった。吸いながら注ぐ。ベッドが軋み、シーツが擦れる。肌がぶつかり合い、唾液が混ざる。この子の舌が突然力を失くし、おれの胸を叩くためキスを解いた。赤い唇は濡れ、そこから糸を引いてかなり卑猥なことになっていた。 「せんせ…っん、オレ、イきそう…ッ、で、す。イって、いい……ァんっ、です、か、あっぁ」  嬌声をあげながら彼は言った。おれは口角や顎に唇を落とす。どこもかしこも甘い。胸焼けがする。胃もたれもする。この世の楽園みたいだ。この子の性器を扱く手を速めた。おれの下種(げす)な塊を締める間隔が短くなる。 「あっあっ、イく、イっあ、んんっ」  平たい胸に若い精液が飛んだ。ふと避妊具を着けていないことに気付いてしまう。 「礁…っ、」  男だから妊娠はしない。だがそういう問題ではない。この子にもしものことがあったら大変だ。おれは自分で性病を持っているつもりはないが検査などしたことがなかった。何か思い当たる節も症状もないが、もしもということがある。(まず)いと思った。けれど生で繋がってしまっている背徳感に興奮してもいる。 「せんせ…?中で出す…です、か?」 「だ、めだ…」 「ベッド…汚し、ッちゃう…かも、知れないで、す……っんっんん、」  甘美な響きが下半身を滾らせた。どうしていいのかも分からない。腰は止まらず、限界を迎える直前で抜いた。彼の腹の上に射精する。あまり濃くない下の毛におれの種が絡んだ。形の良い臍にも流れていた。昨晩処理したはずだけれど、量は多い。いい歳をして恥ずかしくなった。世間ではまだ若い部類だが、思い描いた三十路とは違う。もう少し性に落ち着いていてもいいはずだ。あまり積極的ではないつもりだが、比べたこともない。何かと比較対象になってしまう輝ともそんな話はしない。想像でいえば輝は淡白だ。おれは、どうなのだろう。 「…礁。すまない。シャワーを浴びておいで。朝食を作っておくから」  ティッシュで彼の汚れを拭き取った。サイドボードのティッシュボックスも乱れたベッドも近くのゴミ箱もすべていやらしく映った。まるでこの子を抱くために、その妄想で処理するためにそこにあるみたいだ。 「せんせ、気持ち…よかったです、か?」  正直に答えるのは躊躇われた。本来あってはならないことのはずだ。おれに対するおれの理想像みたいなものが崩れ去ってしまう。 「無茶をするな」 「え…?うん…」  この子をシャワー室に送った。彼の制服のシャツは下着と一緒に乾燥機にかけたからあとはアイロンをかけるだけだ。スラックスはスプレーして壁に掛かっている。冷蔵庫にあるものを思い出してあの子に食べさせる朝食の支度をした  甘やかな時間などすぐに終わるもので。あの子を自宅アパートに送り届け、輝が帰ってくる。後ろめたいことしかなかった。あの子のいない部屋は途端に静かになる。 「バレたか」 「多分、バレてない」  輝の口角が微妙に吊り上がった。訊きたいことなど何もない。 「いきなり連れ込んで悪かった」 「昼食は摂ったのか」  あの子にも食べさせたカルボナーラを作ってある。少し多めに厚切りベーコンを入れて、味付けも濃くした。輝がまだ昼食を摂っていないというのなら新しくパスタを茹でるだけだ。 「ああ」  輝は自室に籠もってしまう。日常と変わらないやり取りだ。ただおれの後ろめたさがここに大きな溝の幻影をみせてしまう。あの子に口止めはしなかった。身勝手に肉欲のままにあの子を貪っておいて秘密にして欲しいというのは、何だか卑怯な気がしたから。あの子を2人で騙しておいて、輝には秘密にするよう、今日だけの秘密だ、すぐに忘れて欲しいなどと幾らでも誤魔化しは浮かんだけれど。 「また、連れてくると思う」  夕食の時間に輝は言った。味付けの濃いカルボナーラのソースでパングラタンを作り、主菜は麻婆豆腐。 「…そう」  輝が好きだと思っていたから作ったタコのマリネに先に手をつけたのはおれだった。 「俺は燈にはなれない」  玉子とレタスのスープから春雨を拾う輝はおれのほうも見ず、不思議なことを言いだした。 「当たり前だ。違う人間なんだから」  親も同じ、生まれた日も同じ。育ちも服も何もかも同じだったはずだ。ただ名前は違う。好きなものも違う。出会った人も違う。今では仕事も役割も違う。 「あの子にとっては、俺は燈だ」 「輝はどうしたいんだ。言おうか、おれから」  それは避けたいことだけれど。おれを輝だと信じていたあの子を弄ぶみたいだ。 「分からない。ただその時は、俺から言う。燈はあの子に優しくしてやってくれ」  あの子、あの子と彼を呼ぶ輝の声も表情もおれは見たことも聞いたこともないくらい優しかった。

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