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第20話
-星-
子犬は俺に抱き付いて、許しを乞う。一度教えればすぐに尻を向けて仕置きを求める。スラックスを脱ごうとする手を止めた。そのまま叩くことにふと興味が湧く。それ以上に恥ずかしいこともしたくせに尻を出すだけで顔を真っ赤に染めるのも、震える手も俺はすべて見逃したくなかった。だがスラックスのまま叩くことに、何かもっと深い意味をこの子犬に植え付けてやれそうで俺にとっても理由たる理由としては挙げられないが、倒錯的な好奇心を持てずにはいられなかった。敢えて客観的にいうのなら、生徒をただ教育のために折檻しているという建前と俺の中で膨れ上がるこの子犬のいやらしさとのギャップがいい。そのうち尻を数度叩くだけで射精に至るのかも知れない。駄目だ、そんなのは。俺はこの子犬をただいやらしくしたいわけじゃない。俺の姿を、俺の顔を、俺の目を見てイけ。誰に尻を叩かれて達するな。誰にでも尻を叩かせるな。俺だけだ。俺の掌は子犬の尻を叩く。きゃんきゃん子犬が鳴いて、勃ってはいないか確認する。しかしその行動で勃ってしまうらしい。尻を叩く手を止め、後背位 のように、俺も服を着たまま尻に腰を押し付けて抱き締める。まるで俺も犬になってマウンティグをしているみたいだった。硬い背骨はシャツ越しにも感じられる。何より薄い。細い。痩せている。ただ何か違和感があって、そういえば子犬とは後背位 でしたことがない。だからこうして触れ合うことはほとんどなかった。すべて俺が見届けるのだから正常位で事は足りる。自分で至る射精は気持ちが良いがこの子犬のカラダを知るまでの話だった。ただ気持ち良くなりたいんじゃない。この子犬を追い詰めて、辱めて、蹂躙したい。そこに射精の気持ちが加わっていただけのことだった。また子犬を膝の上で四つ這いにさせ尻を叩く。
「ご、め…なさっ、ごめ……っあっ!」
「しょうたは悪い子ちゃんなのか?良い子ちゃんなのか?」
「しょ、…うた……っは、とっても、わ、悪い子で…す……」
美潮に執拗に口付けられていた唇を塞ぐ。高校生にはまだ早い、などと時代遅れか。今時の高校生、否俺が高校だった頃から色事に呑まれていくのが早いやつは少なくなかった。ただこの子犬も、こんな10近くも歳の離れた、しかも教師ではなくて同じ高校生同士と一緒になりたかったはずだ。惨めな子犬だ。俺なんかに金で買われて、遊ばれて。
「しょうた」
触れるだけのキスをして、俺は自分の頬を指で軽く叩く。子犬は首を伸ばしてそこに唇で触れた。
「なんて言うんだ?」
「しょう、たは…輝 せんせのわんわんです…」
目蓋は眠そうで飴玉は虚ろだった。舐めてみたくなる。鼈甲飴の味がするはずだった。苦手な味だが、たまには悪くない。
「良い子だ。よく出来たな」
傷んだ髪を撫でた。美潮にも触らせたのか。この匂いも嗅がせたのか。ひとつひとつ俺がまた上書きしなければならない。
「もう一回訊く。しょうたは誰のものなんだ?」
「しょう…たは、輝せんせぇの…」
「輝先生のしょうたはさっき誰に何をされてたんだ?」
子犬は震えた。凍えているのか。温めてあげなければ。その前に答えを聞く。分かっていることだが。いくら待っても震えてばかりだ。まさかモールス信号で答えたなどとは言わないだろう。近くの壁を殴ると子犬の肩が大きく跳ねる。
「しょうたは、誰の、おもちゃ?」
「輝せんせぇの……」
「それなら誰に何をされて、遅くなっちゃったんだ?」
まだ震えて、答えたくないようだった。美潮と一緒に居たとは自分の口から言えないのだろう。分からなくもない。少しこの子犬を舐めていた。子犬のくせにその震え方は子猫だった。
「おいで、しょうた」
両腕を開いて呼べば、子犬は俺の胸元に頬を擦り寄せる。そのまま尻を持ち上げ膝に乗せた。背や腰に腕を回せばもう逃げられない。逃がさない。俺のおもちゃ。俺の子犬。俺のものだ。
「しょうたは輝先生のこと、嫌いになっちゃったのか?」
子犬は勢いよく首を振る。髪を掻き上げた。耳まで赤くしている。
「しょうた。輝先生、浮気しちゃう子は嫌いだよ」
「せんせ、違う、違…」
「しょうたは悪い子ちゃんだもんな?ほら、輝先生にも同じことをしてくれ」
俺は自分の唇を指した。子犬は眉を歪ませ、さらに顔を赤くする。口元を拭ってから、俺に口付ける。子犬からのキスだ。すぐに放すつもりはなかった。柔らかな唇を堪能したあと、後頭部を押さえて喉奥まで舌を押し込んだ。
「う…んンっ」
洗ってやる。美潮を消せ。美潮とのことは考えるな。俺だけのものだ。細い背中が砕けそうだ。背骨は折れそうで、身体は潰れそうだ。そのままに俺の胸の破裂する。この子犬は俺がそうなったら嬉しいか?悲しいか?解放されるんだ、嬉しいに決まってる。金で俺のものだと言わせて、その時は満足する。だが虚しい。
「ぁ……ぅん、っん、」
ノックもなしに扉が開く。キスを中断すると唇から唾液が漏れた。
「ノックくらいできないのか」
「いきなり入られると困ることでもあるんですか」
俺は硬直して驚いている子犬を抱き直す。短いキスをしてもそこに突っ立てっている美潮のことで頭がいっぱいらしかった。
「能登島から離れろ…!」
美潮は近付き、子犬に触れる。気安く。当然のように。
「しょうた、選べ。俺がいい?俺は嫌?」
引き剥がそうとする手に抗う姿はそそられるものがあった。わざとらしく首を傾げて泣きそうな飴玉を覗く。俺だけが映っている。子犬を支えていた手を離す。捨犬みたいな顔になる。腹の底から熱くなった。
「あ……緋野せんせ…がいい、緋野せんせがいい…!」
「離れろ!緋野は教師なんだぞ!」
子犬は俺にしがみついていたが美潮に剥がされ、もう彼の腕の中にいた。それでも飴玉は俺だけを映している。
「しょうた」
「…緋野せんせ、ごめ…なさ……」
美潮の手が無理矢理子犬の視線を俺から切り離す。そして生徒の侮蔑の眼差しを受け入れる。彼の腕の中に押し込められて震えて本当に捨犬だ。
「美潮、親御さんの心配を無下にするな。学校側もそのつもりで対処した。能登島も苦渋の選択をした。分かっているよな」
俺の言葉に俺自身が驚いている。大人の事情に彼等を巻き込み悔いた俺はもういないのだと知る。子犬に手を出す日々が俺を未成年で生徒で10近くも年下の痩せぎすをしかも校内で陵辱して愉しむ異常性癖の鬼畜にしていたのか。そこに罪悪感や躊躇いを覚えることも、もうほぼ無くなっていた。
「そこに俺の意思はありませんでした」
傷付けることを恐れてただ震えることしか出来ない子犬を美潮は押さえている。教師と生徒の禁じられた関係だから割り込んだのか。違うだろうな。その子犬だからだろう。
「要らない。親御さんの心配に沿うだけだ。学校も慈善団体ではないんだからな。事あるごとに2時間も裂かれては終わる仕事も終わらない。健康な身体も病む。家庭内での意識の共有が足らないのでは」
親身にさえならなければ楽な話だ。突き放せばいい。真面目で熱心な教師から病んでいくのはどうやら本当かも知れない。個人の素質の問題ではなく。子供の頃に抱いた夢や希望や理想などは実際教師にでもなれば学校で擦り減らされる。放っておけばどうにかなる、深く介入するほど大事ではない、まともな想像力なんぞは削られていく。そこに残るのは目先の仕事とある程度安定した給料だ。尤も俺はただただ安定した給料なら公務員という簡単な理由で教師になった。生徒に手を出したい、生徒を清く正しく導きたい、憧れの教師がいるだなんて考えも夢もなかった。安定した仕事、果たしてそんなものはあるのか。特に生徒に手を出し、経済的援助までしてしまった俺に。
「しょうたも美潮と仲直りしたいよな」
美潮の戸惑いが透けて見えた。愛想がなくても意外と分かりやすい。
「しょうたは仲直りの仕方、知っているものな」
子犬も動揺した。
「先生はしょうたを躾られないほど、駄目な先生だったか」
美潮の腕の中で子犬は滑り降りていく。ベルトのバックルを外し、ファスナーを下ろす。スラックスを下げていった。美潮は呆然として俺を見ていた。頭の中が真っ白になっているのだろう。手に取るように分かった。むしろそれ以外にない。他の生徒より落ち着いて見えるのは外面だけか。晒された下着は隆起していた。子犬以外のそこを見る趣味はなく俺は目を逸らした。子犬の後姿だけを追う。
「能登、島…」
子犬は美潮のそれを口に入れた。徐々に頭が前後し、そのうち忙しなく上下に動く。美潮の手が子犬の髪に触れ、もう片方の手は腰を掴む子犬の手を繋ぐ。俺は咳に似た衝動をどうにか呑む。唇を噛む。俺の子犬だ。俺のおもちゃに優しくするな。俺の髪だ。触らせたくない。泣かせるまで犯して俺のだと誓わせないと。
「…ぅんっ、…ンっ、ぁっ、」
口淫の音がする。美潮の上品な佇まいからは想像できない卑猥で滑稽な音が彼の股間から発せられている。外側 から見れば口淫する側よりも口淫される側の方が情けなく見えた。白い顔は子犬よりも赤さが目立った。性に無関心げに見えてもやはり年頃の男となれば色事に関心を持って下腹部を滾らせるものだ。
「の……とし、ま………」
長い睫毛がゆっくりと開いて、櫛を入れるように指が傷んだ髪に筋を作る。熱の篭った声と瞳は俺に確信を抱かせる。深く息を吐いてやり過ごす。殴り掛かりそうな拳が震えた。気が狂いそうになる。知らない女と歩いていた父親を見かけた時みたいに。
「はな、せ……のとし、ま……っ、口、離…」
子犬の頭の動きが弱まった。利口な子犬だ。俺のだものな。
「口に出してもらえ」
口を離しかけたところでそう命じればまた子犬の口は美潮を追い込む。俺が教えた。少し早い気もしたがまだ若い。あの保護者なら異性と遊ぶということも少なそうだ。それとも相手が子犬だからか。
「の、と……ッ、」
「っんんっむ、ンッ」
美潮の腰が揺れた。若い鹿のような野性的な色気があった。子犬は美潮のそれを最後まで搾り取ってから俺を振り向いた。
「先生にする時はどうしているんだ?」
子犬は俺を見つめ嫌がりながらも嚥下した。それが愉快だった。俺のものは何も言わずに飲む。金で拘束した関係でも。きちんとスラックスと下着を履かせるまでしてやる忠実で賢い子犬だった。飼主に恥をかかせない、こんな良く出来た子犬はいない。
「良い子だ。おいで」
逃げるように子犬は俺のもとに戻ってくる。口付けようとすると子犬は自分の口を覆った。
「舐めたばっか…」
「そんなこと気にするな」
そのまま指に口付けて腕に収めてから美潮をどうするか考えた。彼はまだ疑わしい目で俺と子犬を見る。
「共犯だな」
「能登島…」
子犬は気拙そうに美潮から目を逸らす。そんな目で見られるほどこの子犬は後ろめたいことはしてないはずだが、彼は知る由 もないことだ。
「誰にも内緒で、ここで会えばいい。しょうたもナカナオリしたかったんだもんな」
「俺は…そんな、つもりで…」
枯れた声で美潮は呟いた。
「そういうつもりはなかった、か。よく言えたものだな」
話は終わった。出て行くも留まるもあとは美潮の好きにすればいい。俺は子犬と遊びたい。また膝に乗せて口の中に指を入れた。舐められて甘噛みされると子犬の身体を強く締め上げてしまう。
「能登島!いいのか、お前。それで…」
「狭い場所で叫ぶな」
驚く子犬を宥めた。俺以外がこの子犬を脅していいはずがない。
「能登島…」
「助けてやれるのか、美潮は」
「俺は能登島に訊いてるんだ」
困惑して混乱している子犬の髪に顔を埋める。手放す気なんざあるわけない。燈のことも、教師であることも、相手がまだ未成年であることも、すべて投げた。繕っていられない。
「オ、レは…緋野せんせが好き……」
「緋野は教師だ。教師と生徒でこんなの…分かってるだろ、それくらい」
俺は美潮の必死な顔を見ていた。子犬のことを解放させてくれるのか。俺を助けてくれるのか。俺から子犬を取り除いてくれ。俺に罪悪感と後ろめたさを与えてくれ。この子供に出来るのか。金で雁字搦めにしたこの子犬を救ってくれるのか。焦りと怒りと欲望でいっぱいいっぱいになる。
「美潮のところ、行くか?」
子犬の耳元で訊ねた。鼻先に硬い毛先が掠れた。その肩は強張っている。牽制しているつもりではなかった。本当にこの子犬の意思が聞きたい。
「いいんだぞ、行っても」
「緋野せんせが、いい…」
離したくないと思ってしまう。少しでも俺が助かりたい一心で美潮に縋ろうとしている。そのほうが治まりがいい。金のことは気にするなと言えたら。この子犬が卒業するまで、成人するまで。ただ過ごすには短い年月で、待つには長い。美潮と歩むか。
「緋野せんせがいい…緋野せんせが好き…!美潮はカンケーない」
子犬は俺の膝から降りた。美潮の腕を掴んで外へ引っ張る。
「帰れよ!美潮にはカンケーない!帰って!」
怪我でもされたらまた電話がくる。次は2時間か3時間か。
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