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第22話

-星-  部屋の外に子犬が来ている。それだけで昼の進路相談は集中できなかった。要点をまとめて何度も確認したり、いくらか言葉尻がきつくなったりもしていただろう。決して不機嫌だったとか怒っているというわけではなかった。話は簡単で、行きたい大学が決まったからそこの過去問の傾向で授業を進めたいというよくある個別指導の要望と相談だった。あまり喋るのが得意ではないのか、それとも話す相手が俺だからかしどろもどろになっていた。少し悪いことをした。燈みたいに柔らかくなれたら。生徒を帰し、壁の向こう側にいる子犬にどう接しようか迷っていた。何故来た。俺に何の用だ。放課後に強姦されに来る以外に用はないはずだ。俺は教師の顔をして逃げられるもう片方のドアを開けた。子犬だけではなかった。美潮だ。彼は先に気付いたようだった。子犬は飛び上がらんばかりに俺を振り向いた。何故2人でいる。他の教員に見られたらどうする気なのだろう。 「進路相談か」  俺は美潮を見下ろしていた。背はかなり近い。この時期に俺よりわずかに低い程度だった。もう少し伸びるかも知れない。 「いいえ…」  長い睫毛が伏せていく。色気があった。子犬と一緒にいたくせ1人で帰ってしまった。残された子犬は俺を見て縮んでいた。 「あの…あ…えっと…」 「進路相談じゃないなら戻れ。授業に遅れるな」  俺は壁を殴りそうな衝動を抑え、とりあえずまた進路指導室に戻った。ソファーに座ったはいいが治まりがつかず頭を抱えた。美潮と何をしていたのか。ただ進路指導室に来ただけだろう。とすれば一体何をしに来た。あの子犬は美潮の気持ちに気付いていないのか。接近禁止を言い渡されても易々と捕まって何も学ばないのか。俺の子犬(カラダ)じゃないのか。ゆっくり息を吐く。美潮に口付けられていた光景が生々しく蘇る。美潮に口淫し体液を飲む姿も。俺は止めずむしろ促した。あの子犬を手放すとフラッシュバックする。永遠に放課後は来ないような、拷問に等しい気分だ。この後に控えるC組の授業が憂鬱になる。やめたはずのタバコにまた逃げそうだ。  放課後になって子犬が俺の元にやって来る。感情の往なし方を知らない子供ではないつもりだった。傍の物を蹴ってしまう。子犬は怯えながら俺に抱き付いた。どういうつもりなのか分からない 「怒った…?」  俺の胸元に顔を埋めている。子犬が少し成長したような感じがした。俺はその背中に腕を回し掛けていた。 「美潮といたのか」  傷んだ毛が頷いた。美潮に触られていた髪からシャンプーの柑橘類の匂いがする。 「うん…」 「お前は美潮のほうがいいのか」  子犬は髪を振った。腕を回して息も出来ないほど締め上げようかと思った。 「緋野せ、」 「脱げ。下だけでいい」 「緋野せんっ、」  俺は子犬を放って事務椅子に座った。スラックスを脱ぐ音は聞こえない。進路相談の紙をまとめて借りてきた過去問題集を開いた。 「緋野せんせ…」  ボールペンを握った手を包まれる。泣きそうな表情で俺を見ていた。 「仕事の……邪魔…しないです、から…」  俺のボールペンを握ったままの手の甲に頬擦りして子犬は俺の膝の間に潜り込もうとした。金の負い目でここまでするのか。俺の傍に置いて、俺がこんな真似させたくなかったから買春同然のことをした。たとえ俺を相手にしていようと。ファスナーを触られる。 「やめろ。下だけ脱げと言っただろう。野良犬が」  何故子犬を貶めるようなことを言ってしまうのだろう。今すぐ抱き締めたい。髪を撫でて口付けて。ただ今日はそれを素直に実行できなかった。この一回り近く年下の子供に譲ってやれない。 「せんせ…ごめ…っ」 「早く!出来ないなら帰れ!」  俺は扉を指した。過去問題をピックアップするにも集中出来なかった。子犬はベルトを外してスラックスと下着を脱ぎはじめる。恥ずかしいのか俯いてシャツの裾を引っ張る姿は1人で着替えの出来ない子供のようで甘やかしたくなる。謝ろうとしてしまう唇を噛んだ。俺が掻き乱されたから子犬も困れ、と最低の子供でもある程度は分別のつく卑怯な考えから解放されない。それがまた俺を責め立てる。今日はすぐに帰らせるべきだった。悪かった、すまなかった、こんなことしなくていい、少し傍にいてほしい。浮かんでも頑なに口に出来ないでいる。 「美潮のことでも考えてひとりでイけ」  違う。今すぐ撤回しろ。飴玉はもうこれ以上ないくらい濡れて、今にも落ちそうだった。 「…っ、いやで、」 「しろ」  俺は床を顎で差す。ボールペンを握り締めた。子犬は震えながらろくに掃除もされていない床に尻をつけた。足を開いて俺が何度も育てた場所に手を掛ける。この場を美潮に見せたらどうするのだろう。俺を殴るのか、子犬を庇うのか。自慰を始めたくせにいつも聞こえる転んで弾むような声ではなく嗚咽ばかりが聞こえた。刺激を与えた場所も萎えたままだった。会えたって拷問だ。俺の一言でやめさせるはずだった。何故やめさせない。俺がもう俺を制御できない。嗚咽は俺の横で大きくなった。ぼろぼろになって泣いている。 「ごめ、なさ……っちゃんとやる、ちゃんとやるからッ…」 「いい。服を着て今日はさっさと帰れ」  やっと言えても俺の望んだニュアンスとは大きく違っていた。頭の中は大混雑で俺の最優先の感情がもうどれかも分からなくなっていた。こういう時に俺は自分が燈には並べない劣ったやつなんだと感じる。どうして今まで俺は燈になれるだなどと思っていたのだろう。俺は燈などと思い込めた? 「ちゃんと、やる……から、捨てないで、せんせ…ちゃんとやるから…」  意思に反して扱われるそこは赤くなるだけだった。 「舐めろ」  椅子に座ったまま指を口元に近付けた。泣き濡れた口が俺の手を舐めた。涙で照る頬が何より綺麗だった。俺が壊していいはずがない。俺には程遠いものだ。どうしても介入したくなる。傷付けることになっても。柔らかな唇と舌が俺の指を舐めて包み込む。泣いているのはこの子犬で慰めるべきは俺のほうだ。 「尻をこっちに向けろ」  事務机を叩けば子犬はそこに上半身を乗せた。ろくに慣らしてもいないそこに少し子犬の唾がついた程度の指を捻じ込んだ。 「…っ!」  ほぼ毎日、セックスはせずとも指で刺激したり慣らしたりしたためか傷が付くほどではなかった。それでも衝撃や異物感はあるらしい。 「美潮に見てもらうか?」  美潮の名前ばかりが浮かび、美潮の名でこの子犬を脅さねば気が済まなかった。勘違いしている。この子犬は俺が手中に収められるような矮小なもののはずがない。冗談で、戯れるつもりで何度も言わせたことを後悔する。お前は俺のものなどとどの口が言えたのだろう。 「せんせ…せんせ…緋野せんせがいい…」  痙攣したように頭を振って俺を呼ぶ。俺は胡散臭い金融機関の徴収班からこの子犬の自由を買ったつもりだった。この子犬の尊厳を買ったつもりになっていた。 「自分で悦いところに当てろ」  子犬の痩せた腰が揺れた。抱き締めたくなる。快楽に沈めて甘やかしたい。俺の腕の中で眠らせて、何も怖いことなどないと教えたい。すべて俺が壊す。すべて俺が壊して、すべて俺が遠ざけて、何もかも傷付ける。どうしてこの子犬に触る時、俺には鋭い爪が生え、何故この子犬に口付けるたび俺には大きな牙が生えるのだ。身体にはヤマアラシ顔負けの針が生え、目が合えばメデューサになる。薄汚い俺の指を子犬がやっと価値あるものに清めてくれる。俺は必死に俺の意味のない音を言葉にしてくれる子犬の項に顔を埋めた。 「せんせ…っあっ、んっ…あぁ…」  子犬の首が後ろへ剃った。髪同士がぶつかるのが気持ち良い。 「せんせ…っあぁあ、あっ…」  まだ子犬はここを使い慣れていない。俺からこの子犬が快感を訴える箇所を擦った。張り詰めた性器が蜜を溢している。儚い宝石みたいだった。空いた手で扱く 「っぁあっせんせ……ひのせんせぇっ、!」  懸命に呼ばれると俺は俺が嫌になった。手を止めてしまう。子犬をイかせるどころか根元を締めていた。 「せんせ……っそ、んな……なんで、っあ!」 「イきたいか」  子犬は何度も頷いた。 「ダメだ」  俺は悪魔に憑かれている。いや、悪魔よりも厄介だ。子犬の手をネクタイで縛り上げ下着とスラックスを履かせた。 「せんせ、なんで……」  抱き上げて車へと連れて行く。車内にあったタオルで視界を塞いだ。不安げに俺を呼び内股になっていたが唇に指を当てると黙った。自宅に持ち帰って俺が先に車を降りてから燈に迎えに来てもらった。俺は遠くからその様子を眺めていた。燈はあの子犬を気に入っている。見て分かった。あと残り少ない鼈甲飴を口に入れる時にも思う。学校を出る前に一応連絡はしたが、前日にあらかじめ連絡しなかったのは悪かった。俺の車から燈と子犬が出て行った。母親と息子みたいな感じがあった。明日は休みじゃない。そして子犬の家は機能していない。雨が降り始めて寒くなる。 -月-  (ひかり)はこのなりすまし入れ替わる悪い遊びがクセになってしまったようだった。玄関ですぐに縛られた両手を解く。怖かったのか膝が震えていた。彼はおれの腕に縋り付いて、潤んだ目で見上げる。心臓が止まりかねない。内股になりながら歩く姿は体を冷やして腹を壊したのかも知れなかった。すぐにトイレに運んで、おれは湯たんぽを用意しなければならない。ブランケットをしまった場所を思い出す。止瀉薬(ししゃやく)を飲ませるか否か。今晩の夕飯も保存して作り直すか。 「緋野せんせ、イきたい……イき、たい」  おれの腕にしがみついてこの子はぼそぼそと喋った。どこに行きたいと言ったのか聞き逃してしまった。 「大丈夫か。トイレはもうすぐだ」  汗ばんだ前髪を払う。綺麗な瞳に溢れた涙が落ちた。 「緋野せんせが、いい…ごめ…っ、許して…」  トイレに行く足も止まり煌めいた瞳からダイヤモンドよりも美しく、雪の花よりも繊細な涙が頬を滴っていく。失禁してしまったのか。シャワーを浴びさせてすぐに洗濯する必要がある。それよりもこの子の心のケアが必要だ。まずは安心させてやらねばならない。恥ずかしがることはないと。まだ子供だ。 「本当に、……美潮とは、なんとも…なくて…っ」  横隔膜を引き攣らせるような息をして彼は涙を拭っていく。学校の友人と何かあったらしい。 「おいで、礁」  トイレの前に先に行って手招きした。彼は歩きづらそうだったが失禁してしまった様子はなかった。おれの見当違いだったらしい。 「緋野せんせ、……がいい、緋野せんせに、イかせてほしい…」  この子はおれの腕を掴む。また瞳から大粒の涙が溢れた。やっと聞き取れておれは恥じらう小顔を見下ろした。気付くとおれは下睫毛から氾濫する涙を指で掬う。顎から落ちたらそれは本当に水晶になりそうだった。シャンデリアによく飾ってあるような。 「分かった。イこうか」  抱き上げておれの部屋のベッドに下ろした。この子はおれの目を見つめながらベルトを外した。それは自らの肉体を差し出す被捕食者のようで、興奮と憐みと一種の神々しさのどれが一番強烈な印象ということもなく鬩ぎ合い、調和していた。この子が下着を下ろすと、布に押さえられていた場所が元気に飛び出だす。もう限界に近いようだった。耳まで真っ赤な顔と涙に照る瞳、寄せられた眉と無防備な肢体、そしてもどかしげにくねる腰。可憐な外見に妖艶な雰囲気が絡み合う。おれはここに居ることも忘れて見惚れていた。 「緋野せんせ…イか、せて……」 「ああ」  おれが触れていいものなのか迷ってしまって。こんな美しいものに。触った瞬間夢から覚めそうだった。ガラス細工に触れるより恐ろしい。この子の手はもう股間に伸ばしたくて仕方ないようだった。すぐに射精しなければ壊れてしまう。 「すまなかった、こんなに我慢させて」  そこは熱く硬かった。自分にもある器官だけれど、まったく新しい感慨に浸る。 「んっ、あ…、きもち、い…」  先端の小さな孔からこの子の快感の象徴が水飴みたいに溢れておれの手を濡らした。 「せんせ……っ、すき…せんせがいい…ひのせんせぇがすき、……っ」  おれの毎晩寝ているシーツの上でこの子は身を捩る。下腹部が重くなる。また乱れたくなる。おれの手で乱したくなる。 「礁」  卵液を掻き混ぜるような音が小さく鳴った。扱く手を速める。彼の顔を覗き込むとシーツを掴んでいた手はおれの腕に伸びた。 「せんせ……すき、すき…あっん、あっあ…っんぅ、」  唇を寄せていた。この子からキスされる。蕩けそうだった。おれの下唇を控えめに舐める仕草に堪らなくなった。舌で濃密に縺れる。か細い悲鳴を漏らしながら細い腰が跳ね、この子は果てた。掌で受け止める。我慢していたからか勢いがあった。爆発したくなる。犯したいと思った頭も、勃っている股も。卑劣だ。欲望のまま乱暴したいはずがない。猛烈な愛しさに無理矢理彼を抱き締めていた。

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