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第27話
-星-
目の前がまだ緑色を帯びているような感じがする。いつも何気なく目にしている光が眩しくて仕方がなかった。力が抜けた。新寺に凭れかかってしまっていた。これから付き添わねばならない相手に情けない。新寺は燈の後輩だ。仲が良かったらしい。俺はよく覚えていない。新寺は俺のケアまでして少し濃いコーヒーを出し、暫く休むように言われた。血が苦手だなどと情けがない。笛木でさえ平然としていた。大神も自傷癖があるからか、怪我している本人特有の冷静さかけろりとしていた。彼は元々肝の据わったところがある。成績優秀者として公表するなと頑なに首を振り続ける変わり者でもあった。
色々駆けずり回ってからぼうっとしているうちに冷めたコーヒーを飲む。授業終わりのチャイムが聞こえた。授業には間に合うが、果たして俺は授業を出来るだろうか。それから目の前に大神が庇ったらしき女子生徒がいる。落ち込みようが激しいために自宅に帰すことにして、今は保護者の迎えを待っているところだった。俺が音を聞いて駆けつけたのはもう大神がガラスをかぶった後で、彼は庇った女子生徒たちの制服に血が付いていないかを気にしていた。校章の刺繍が胸元と左腕に入っているシャツは思いの外高い。女子生徒は靴下まで指定のもののためさらに高くつく。果たして大神がそこまで気を回していたのかは分からなかった。彼は保健室に来るまでの間中、罪滅ぼしだからどうこうと言っていた。惚れている相手が居るらしいことは聞いていたが、この行いがその人のために使えなかったこともどうだのこうだのとやたらと喋っていたが俺はろくすっぽ聞いていられる状況じゃなかった。小さい頃働いてきた悪事まで以前彼と対した時に聞いていた。虫を殺すなど、小さい子供ならよくやることだ。命を理解していないなら仕方がない。子供は俗世に染まらず無邪気などとよくいうが、それは嘘で、俗世に染められてやっと人は良心を得るものだ。それも大人になってみないと分からない。
保健室のドアが開く。振り向いた。女生徒の保護者かと思われたが子犬だった。
「せんせ…」
「すんましぇ~ん。能登島くんがぁ、どうしてもって言うんで」
人前だということも忘れているのか子犬俺に飛び付いた。一緒にいる笛木の表情が険しくなった。
「笛木。ご苦労だった」
「いーえー」
内線では繋がらなかったため他の教員の連絡や生徒の伝達は彼女を通した。
「せんせ、サトちゃんは…?」
「ああ…大丈夫だ」
「ちょっと…顔色悪い…です」
子犬の手が俺の顔に伸びた。
「ちょっと、ショータ。行こ?授業始まるって。緋野しぇんしぇ、次の授業はどうなります?」
「そうだな…」
「せんせ、休んだほうがいいよ!顔色悪いです」
笛木が子犬を引っ張っていく。性別の壁を越えて仲が良いのだろう。罪深いのは大神ではなく俺のほうだ。手放せないでいる。もう罪滅ぼしなどでは済まないところまで来ているのかも知れない。だのに手放す気なんてやはりなかった。
「ああ。自習にはする。だが監督には行く」
「了承 ~」
子犬の腕を剥がそうとしながら俺はこの肌に傷が付くことを想像して胃の痛みを覚えた。大神の的の外れた認識で救われた女生徒たちがいるのは確かだが、彼は罪滅ぼしなどしなくていい。誰しもが通った罪深い道を誰しもが忘れて今を生きている。俺は罪深いと分かっていながらやめられないでいる。やめようとすらしていない。やめられない。
放課後の約束の時間になっても子犬は現れず、大神のことで俺も気が気でなかったこともあって激しい不安に襲われていた。俺の知らないところであの柔らかな肌に傷が付いているんじゃないかと。大神の言葉は俺の裏返しだった。怖くなる。あの子犬が大事だ。出来ることなら首を付けて、安心な檻の中に閉じ込めてしまいたい。だが地震が来たら?首輪がどこかに引っ掛かったら?何より俺があの子犬を押し潰す。大事だと思ってるくせ手放せやしない。探しに行ってすれ違ったらどうする。しかしどこかで助けを呼んでいたら?苦しいな、笛木。俺の異母妹 。百発百中なんてことはない。本気になったたった一発も当てられやしない。フられてばかりだ。相談されても経験がない。フられて、フられて、フられて、歩み寄ったつもりになっても結局傷付けている。苦しい。手に入れたつもりになれても、不安で、不安で仕方がない。
-月-
玄関で目隠しを取った瞬間に勢いよく抱き付かれておれは戸惑った。
「せんせ、やっぱ怒ってる?だから口利いてくれないの?」
輝 と何があったのだろう。硬い髪に触れた。リンスの試作品もらったから彼にも使おう。今日も一緒に入る。溺れてしまわないか心配だ。足を滑らせないかとか。目に泡が入ったら沁みる。
「せんせ…、ゴメン。約束破ってゴメン…」
許すだろう、輝 。こんな可愛い子が可哀想な表情で謝ってるのだから。もし思い悩んで何も食べられなくなったらどうする。ただでさえ軽くて痩せ細っているというのに。考え込んで毛が抜けてしまったら困る。おれはこの髪を洗うのが好きだ。綺麗に梳かしながら乾かすのが。今日もこの子は汗とライムミントのシャンプーの匂いがする。
「せんせ…」
この子を眺めて嗅ぐことばかりで忘れていた。
「怒ってない。風呂がいいか。それとも夕飯にするのか?」
夕飯がもう出来上がっているというのはかなりリスクがある。同時に帰ってきた設定のはずだ。それでもおれはまだこの遊びをしていたい。輝はいいのだろうか。この子を相当気に入っているようだけれど。
「せんせがいい…せんせがいい…」
まるで駄々っ子だ。おれにしがみつく様があまりにも可愛らしくて正気を失いそうだった。このまま離れたくない。
「せんせ…チュウしていい?」
この子は妙に積極的な態度をとっているけれどおれには怯えているように思えてならなかった。輝が余程のことをしたのではないかと疑ってしまう。
「おれからしよう」
髪に触れてキスするのが好きだった。屈んで口付ける。柔らかな頬は少し冷たい。細い腕がおれの頭を抱いた。一度離れてからまた浅く口付ける。色気もない、幼いキスだった。
「せんせ、ホントに…ゴメンね」
頭を撫でて確かな返事は出来ないけれど、それでこの子が安心すればいい。彼はおれを父親にも兄にも恋人にもしてくれる。
「先に風呂に入るといい」
彼の口を傷付けない柔らかな歯ブラシも買っておいた。刺激の少ない歯磨き粉も買った。彼の肌を傷めない柔らかなタオルも。とりあえずこの子をリビングに促してから湯加減をみた。熱かったら大変だ。おれたちの家は、外は、世界はこの子にとって危険が多い。こんな天使みたいな子に生臭い下界など。
「せんせ…」
不安そうにしていたから脱衣所におれも入った。制服のシャツを脱がせてすぐに洗濯する。スラックスも預かった。靴下は別におれのでもいいのだから。
「後からおれも入るから、それまで良い子にして居られるな?」
「うん…」
「すぐに戻る」
不安そうな表情は、同じ家に居るというのに長い別れにでもなるかのようだった。そんな表情 をみてしまったら離れられなくなる。
「せんせ、ホント、ゴメン。ホントのホントに、ゴメン」
分離不安症の子猫の動画を見たときのように切なくなる。おれの背中にしがみついて謝り続ける。洗濯機の上にスラックスを置く。
「礁」
裸のこの子を抱擁するのは心地良かった。
「大丈夫だ。大丈夫。もう謝らなくていい」
「しょうた、せんせぇのことだけ好き…」
少しだけ寂しい。風呂場まで連れて行ってシャワーの温度を確かめた。おれはスラックスを持って脱衣所を出た。抜かないと、襲ってしまいそうだった。守りたいだなんて建前だ。あの子に肉欲を抱いている。意気地のないおれはスラックスにスプレーしてハンガーに掛けた。脱衣所に戻ると曇りガラスの奥でシャワーの音がする。脱いだばかりのシャツや下着。やはりおれには意気地がなかった。そんなことに集中している間にあの子には様々な、おれも予想だにしない危険が迫っている。特に風呂場は。曇りガラスのドアを開けると彼はおれに抱き付いた。肌と肌で触れ合うと服を着てい時よりもずっと気持ち良い。いつもより彼は甘えたで何度もキスをねだった。少し離れることも怖がる。髪を洗って背中を流す。綺麗な背中だった。けれど薄く、儚くて頬を擦り寄せてしまう。肩甲骨に口付けた。このまま翼が生えてどこかに飛び立ってしまいそうだ。この子は天使に違いなかった。
寝る前になってこの子はセックスを求めたが、彼のそこはまた気触 れて腫れていた。顔を見ても少し無理をしているような気がした。気を遣っている。年齢に相応しくないやり方で。赤くなっているそこに軟膏を塗って身体を触り合う。それだけでも強い悦びを覚えた。
「せんせ、オレのカラダ…もう、ヤだ…です、か?」
電気を消して布団の中で後ろから抱き締めているとこの子は震えながら訊ねた。セックスに応じなかったことを気にしているのは分かっていた。おれはただこの子の身体を大切にしたいだけだったがそれはこの子にとって中身のない言葉なのかも知れない。
「そんなわけないだろう」
「でも…」
「礁のことを大事にしたい。本当はな。けれど、暴走してしまいそうだから」
腕の中でこの子はおれのほうに寝返りをうつ。顔が近付く。抱き締めた。リンスの匂いがする髪に口付けた。おれたちの使っているシャンプーや洗剤の香りがする。おれたちの家の子になって欲しい。そうしたら、おれは余計に駄目な大人になる。こんな可愛い子と毎日毎日一緒にいたら。
「ホントに…?ホントの、ホント…?」
輝は馬鹿だ。この子を不安にさせて。前髪を除けて額に口付ける。おれの寝間着にしがみつく手を片方取った。
「あ、」
「礁に触れただけでもう勃ってるんだ」
言葉は曖昧だ。肉体的変化をそのまま伝える。この子の手を使って。わずかな萌動に過ぎなかったけれど、彼の掌を布2枚越しに感じてそれは鼓動を大きくした。
「せんせ…していいのに…オレ、下手?」
「おれは礁としかしたことがないから分からない。けれど礁だからしたい。ただ、礁の身体が治ってから。それまで待つ」
「せんせ」
おれの胸元に潜り込もうとする姿が愛しくて堪らなかった。圧死させてしまうほど抱き締めてしまいそうだ。彼の不安を解くにはおれから甘えてみるしかない。温かい爪先におれの冷えた足を絡めた。
「せんせ、足冷たい」
「だから今夜は温めて欲しい」
「うん」
そのうち寝息が聞こえた。目の前にある髪に口付ける。少し緩んだ腕の中を擦り抜けたがこの子の手は強くおれの寝間着の裾を握り込んでいた。これでは起きた頃に指を痛くしてしまう。掬うように拾い上げて揉みながら指を広げた。布団の中からはおれたちの使っている洗剤にあの子の匂いが混ざった芳香が目眩と動悸を起こすほどに漂ってくる。抜くために目覚めたというのに毒に等しかった。30手前。こんなことでいいのだろうか。半分近く年の離れた子供に情欲をそそられるだなんて。
「せん…せ…?」
彼が起きてしまった。布団が翻る。おれたちの匂いを纏うこの子に興奮してしまう。身体はもう止められずに彼を押し倒してしまっていた。スプリングが軋む。おれたちの嗅ぎ慣れた洗剤の香りと彼の匂いが跳ね返ってくる。
「せんせ…、いいよ?」
輝は馬鹿だ。何を教え込んでいる。この子は覚束ない手で自分の寝間着の釦を外していく。長い袖から出た指が惑いながら。あれだけ大事にしたいと言った矜恃が結局のところ邪魔をしている。この子は本当に大人を信じらなくなる。大事にしたいという言葉を。それはいけない。
「せんせ…だいじょぶ、です。オレ、せんせのこと好きだから」
けれどおれは輝ではない。この子にとって輝でも。
「すまないな。少しトイレで落ち着いてくる」
彼の上から退こうとした。けれど腕を掴まれている。この子は片手で寝間着の下を脱いだ。
「だいじょぶ…オレ、自分で気持ちよく、なる…から…」
撓んだ寝間着の下に片腕を入れてこの子は自分の胸を触った。閉じた小さな膝。痩せているせいで隙間の空いた腿。
「オレのこと、使って…くださいで、す。捨てないで……」
輝と何があった?この子は泣きそうな声をしている。喧嘩でもしたのか。だからおれのもとに来たのか。捨てるわけない。使うだなんて一方的な真似出来ない。
「礁」
「せんせがいい…せんせぇがいい…!」
また駄々っ子のような調子になっておれの腕を引っ張る。可愛らしさに苦しくなる。おれは彼の反応してないものに触れた。
「そうだな。おれも礁がいい」
自分の胸を触る拙 い手を剥がし小さな実のような突起に触れた。片方も口で刺激する。痩せた身体が悶えた。ある程度彼のそこが勃ち上がるとおれの抜きに行こうとしていたものと一緒に扱いた。おれのほうが早く達してしまうかもしれない。
「っ!せん、せの、熱い…っ」
指を噛んだり顔を隠そうとして忙しなかった。涙ぐんだ目は蕩けているが2本分も扱いたことはなかったため彼にきちんと快感を届けられているのか自信がなかった。
「ッせんせ、あっ…気持ち、い…ぃ」
「好きな時に出していいんだぞ」
胸を触っている手が疎かになっていた。あの子の手がおれと手を繋ぐ。切なげな目で見上げられておれのは大きくなってしまう。先に出してしまうのは申し訳ない。
「あ、あっ、…せん、せ…ぁんっ、っ…も、出ちゃ……あ、」
「礁…っ」
「や、っあンッっ!」
薄い腹に彼の精液が飛んだ。おれもその痴態に煽られて出してしまう。彼はまたキスをねだる。そしてまた先生がいいのだと繰り返した。
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