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第30話

-雨-  泣きながらセンズる新寺しぇんしぇの姿はマヌケを通り越して神々しいまであった。美潮のことが気になるんだってとうとう白状して、この場には全然合わないけど「あいつはやめておきなよ」一択。 「どこが好意(らびゅ)なの、みっしーの?顔?綺麗だもんね?」  でも毒親持ちで透かしててショータのことどっか連れて行っちゃうよ。ほんとヤなやつ。でもこれが一番オレの納得する展開(カタチ)だった。 「新寺しぇんしぇ、誰かを恋愛(らびゅ)るっていいもんだって言ってしたよね。進行形(なう)で言えます?相手、生徒なのに~?」  見たくなさと、あれが付くのかという好奇心でオレは中途半端なところばかり見ていた。視界の端では影がやる気なく動いてる。そりゃそうだ。この状況で続行できたらド変態。まさか新寺しぇんしぇはそんなド変態じゃないよね? 「も…許し、て…っ、恥ずかし、…」  オレは薄汚いオトナの欲棒を見ないことにして新寺しぇんしぇの涙ぐんでる目を見た。 「でも、新寺しぇんしぇ、ホントは誰かに相談したかったんじゃないの~?こんなあーしみたいな口軽そうなやつにまでヤバいこと告白(ペラ)っちゃってさ~」 「あっ!あっあっ…あっ」  語尾に全部ハートマーク付けてそうな調子で新寺しぇんしぇはまたセンズった。 「だって……泣いちゃったこと、ナイショにしてほ、…」  居るんだよね~、まだ若いからって生徒たちにまで精神年齢下げてくる教師(おとな)。もっと大人(ステキ)な往なし方ってあるでしょ。この人何歳?噂じゃ27か28って聞いたけど。あーやだやだ。しかも気になるのが美潮ってことは好きな人に似てるとかなんとか話してたよね。もしかして緋野?だって暁ちゃんが怪我した時なんか変だった。こういう直感て当たるんだよねオレ。っていうか新寺しぇんしぇが分かりやす過ぎ。 「緋野しぇんしぇに相談すればよかったじゃんね?歳近いんでしょ~?あーしから言っておいてあげよっか?」 「あっ、ダメっ、ダメっあっあ…ッんっ!」  いきなり高い声出し始めてオレはちょっとキュンとしちゃった。ショータをくすぐると出る声に似てた。これ聞きたくてくすぐっちゃうんだよな。アホな男子共がやってた好きなAV女優の喘ぎ方談義で聞いたやつよりガチのやつだからね。オレも混ざりたかったけどさ、女体(オレ)が混ざったらガチのやつになっちゃうじゃん? 「あっるぇ~?もしかして新寺しぇんしぇ、緋野しぇんしぇのこと苦手?タイプ真逆だもんね。分かる~」 「ちが、うッ、違うぅ…!」  もう思い込みが新寺しぇんしぇは緋野が好きで手が出せないから美潮に言い寄ってるって図がオレの中で確定していた。どれだけ緋野のこと知ってんの?寝取られ一家ってことは知ってる?浮気性のパリピ遺伝子が半分入ってるって。いやオレ親父のことはフツーに好きだけど。母さんのことも。堂々としてればイケメンだった顔ぐしゃぐしゃにしながらド変態ちんぽしこしこやってる惨めな姿見てたらマウント取りたくなってきた。 「緋野しぇんしぇに兄弟いんのは知ってる?」  ついでに名前も確認しておくか。 「あっあっあっ!あか、あかりせんぱぁ、ぁんっ」  って思ったら訊く前に答えてた。オレの見てた床に白いのが飛んで一瞬何か分からなくてびっくりした。これが射精なんだ。こんな機能、本当に手術で作れるの?テキトーに考えてた。ケツか腕から皮膚取って、そこは痕残るらしいけど、それでもオレにはちんぽがつく。でも、なんとなく分かっちゃうんだよな。多分オレの思うような本物(やつ)じゃないって。それでもオレはさ、このまま誰かの身体に入ってるみたいでそれを装わなきゃならない生活疲れる。そうしてるの、オレなんだけどさ。きゃんきゃんした声も嫌い。女に丸付けなきゃならない作業なんてホンットに嫌い。振袖なんて絶対着ない。制服のスカートの採寸がどれだけ気持ち悪かったか、母さんには分からない。でもこのままだと、頭の中身なんて見えないんだから、裸体(からだ)見せたってオレが男である証拠なんてどこにもない。ただのワガママで、ただの構ってちゃんになっちゃうんだよ、このままだと。 「(あかり)?燈っていうんだ、あの人」  ぼけーっとしてる新寺しぇんしぇはもう抜け殻みたいでオレも興味失くした。それでこの人は相談できる相手じゃない。どうして自分が相談されるに値する人間だと思えたの?ばっか、そりゃ養護教諭だからだよ。 -星-  大神は踞って毛虫が這うのを眺めていた。俺は丸まったその背中を見つめる。周りと溶け込めない小さな頃の俺を見ているようだった。ムシや野良猫が遊び相手だった。大神は教室で見る分には明る人懐こく剽軽で友人には困らなそうだ。それに比べて俺はいつでも燈が居ないと何も出来なかった。外に行くことさえ。好きな絵本を選ぶにも燈の価値観に頼りきっていた覚えがある。 「そろそろ帰ります」  大神は何も話しはしなかったが、俺にはこの時間が必要だった。惚れた相手を傷付けはしないかと恐れる姿は、子犬を傷付けている俺にとってある種の同族的な落ち着きと、一種の妬みのような感覚があった。凹凸がぴたりと合わさる。一方的に傷を舐めている気になった。そして彼すらも知らず知らずのうちに傷を舐めさせているような。 「気を付けて帰れよ」  大神は俺を見たまま突っ立っていた。 「緋野てんてーは大丈夫なんです?」 「何か不安要素が俺にあったか」 「結構ヤバいことになった知り合いに、雰囲気が似ちゃってて。雰囲気っていうか、匂い?鼻で感じるようなやつじゃなくて。でも生徒(ボク)の言うことですから。思い違いなら…それで」  俺の表情は固まっていたと思う。少し目付きの悪い眼差しを見上げる。目が合うと大神はすぐさま逸らした。俺も項垂れる。袖からまだ抜糸されていないらしき傷を巻く包帯が見えた。 「明日もまたここに居ると思います」  大神は中庭から出て行く。それと入れ違うように子犬がやって来た。 「せんせ!今日はサトちゃんは…いないです、か…?」 「もう帰った」 「そうなんだ。もっと早く来ればよかったな。あ、毛虫」  手が伸びかける。子犬は大神が気にしてた毛虫のほうへ駆け寄って俺の手に気付くこともなく擦り付ける。ここは中庭で四方八方窓だらけだった。人の目がある。助かった。 「サトちゃんはいっぱいムシとかの名前知ってる、です。オレも少しずつ覚えた、です、よ」  自慢げに振り返った笑顔をみるとふと死にたくなることがある。手放すこともなく、この素直な子犬の中でキズになっても。もうそろそろこの子犬も俺のしていることの低俗な意味が分かるだろう。軽蔑に変わる前に。 「その毛虫は何ていうんだ」 「えーっと、なんだっけ。忘れちゃった。あ、でも蛾になるんだよね。それは聞いた。そうなる前に駆除しなきゃならないんだって。可哀想…」  毛虫は横切っていく。屈んだ背中を抱き締めたくなる。そんな思いをこの子犬がする必要はない。大神が惚れた相手に思ったように、この子犬にも人の世は不条理なものだ。空中庭園みたいな場所でたんぽぽの綿毛を追って、無邪気に跳ね回っていてほしい。 「しょうた」 「サトちゃんは優しいから、踏まれないように道の脇に避けたんだ。なのに小学生のグループにいじめられて、多分死んじゃった。サトちゃん、ずっと見てた。悲しかったんだろうな。手なんてかぶれちゃってさ。この前のこともそうだけど、サトちゃんは優しいからたまにね、無茶する。ちょっと怖い」  子犬は毛虫から俺のほうにやって来る。下がった眉を見ていると棘が胸に突き刺さるみたいだった。 「まだ部活があるんだろう?」 「うん」 「行ってこい」  子犬は頷くと校庭のほうへ駆けて行った。今日も多分抱けない。ただ手を繋いで、抱き寄せて話すだけで不思議と満たされる。それが子犬を(あせ)らせていることは分かっている。俺には相手を傷付けず、重荷にもさせない説明が出来ない。大神のように二面性を装うことも。 -漣- 「あっぁ…あっ、」  痩せた腰を揺さぶる。ひとつになった時からもうすぐにでも出してしまいそうだった。動くだけですべてに感じる。汗だくになりながら突き入れた。 「んンっぁあ…」 「能登島」  進路相談室とを隔てる壁に頭を寄せて能登島は隣の部屋の声を聞いていた。俺のレイプに鳴いているのか、緋野の声で感じているのか分からなかった。 「聞こえるかも知れないな、緋野に」  何度言っても忘れて、また手を齧りはじめる。動きを止めると能登島の小さな尻が俺の腰で弾んだ。 「んっやぁンぁ、」 「齧るな」  浅く歯形のついた手を剥がして壁で重ねた。 「んん…っん、ぁ、ぅ…っ」 「唇も、噛むな」  曇った声を漏らす口を、壁に貼り付けたばかりの俺の手で割り開く。 「だ、め…緋野せんせに……やっあッあっアっぁ!」  壁でこいつの身体を潰す。こいつの口から緋野の名を聞きたくない。隣の部屋から途切れ途切れの声が聞こえた。緋野と女子の声。 「お前と緋野がああいう関係なら、あの女子と緋野もそういう関係かも知れないな」 「んっんっや、あっ、んンっ」  奥へさらに入り込む。能登島は指先が白くなるほど少し伸びた爪を壁に突き立てた。背伸びをして背中と首が後ろへ反る。俺のそこは中へ引き絞られる。蠢く柔肉に耐えられず逃げるように腰を引く。絡む内部に急かされまた穿っていた。 「能登島…っ、」 「んやぁあアぁあッ!」  小刻みに震えるこいつの身体を潰すように抱いた。汗ばんでいる。奥の奥に放った。まだやれる気がした。震えの止まっていない身体をまた貫いて揺らした。 「あ…あ、まだ、ダメ、ダメぇっ……!」 「能登島、好き」  耳を弱く噛むと反射的な震えとは違う明らかな意図を持った震えで俺の顔に乾燥した毛先が当たる。 「やだ、ッ!やだ、やぁっあッんんんっ」  そのままこいつの首は据わってないみたいに後ろへ倒れ、がくがくと上下に揺れる。 「ぁあッせんせ…、あっんっ許してっ、許してッ…」 「誰と間違ってるんだ」  強く締められる。俺も興奮していた。不健康に括れた腰を固定して弾力のない尻を自分の腰で歪ませた。 「あっあぁ、みしお、みし、っんっあっ…」  こいつの下半身だけが大きく跳ねた。壁から落ちていく上半身を受け止める。苦しさに似た喜びが駆け巡る。気絶したのは一瞬らしく俺の腕の中で能登島は目覚めた。喋る前に唇を塞いだ。触れるだけだった。苦しさが膨らむ。 「好き」  呪えば呪うほど苦しみは萎んだ。能登島は眉根を寄せて嫌がる。俺の腕や胸元を押して拒む。 「好き、能登島。好きだ。好き」 「や、だ…やだ、」 「好き」 「やだ、美潮やだ、」 「嫌じゃない」  俺の口を塞ごうとする手を掴んでほぼ治っている引っ掻き傷のある頬に添えた。あとは瘡蓋終わりの薄皮が剥がれるだけだ。 「いや!やだ!美潮やぁっ!」 「うるさい」  キスすると抵抗も弱まった。口の中を味わう。俺を嫌がる手を握った。漏れる吐息に胸が熱くなる。 「好きって言わないで、…」  口を離してまだ唾液の糸も切れないうちに涙を浮かべてこいつは言った。 「好き。大好き。愛してる」  俺が押し付けられた言葉を能登島にも使った。潰れろ、俺と一緒に。俺の言葉で潰れろ。 「だめ、やだ。怖い」 「怖くない」 「放して、」 「放さない。中、掻き出すから尻向けろ」  床に能登島を介した俺の体液が落ちている。こいつは首を振って、俺の言うことにはすべて従わない気らしかった。 「自分で、やるから…」 「その爪でか」  拗ねたように唇を噛んで自分の爪を見る姿はリスのようだった。 「毎週水曜の朝切れ。剥がれたらどうするんだ」 「…やだ」 「尻向けろ」  能登島は小声で俺を拒絶して動かない。 「意地を張るな」  掴みかかって無理矢理に腰を抱いた。内股を俺の体液が落ちていく。 「やだ!美潮やだ、やだぁ…」 「そうか」 「ばか!嫌いっ、あっ、」  尻の中の少し硬さのある部分に触れた。俺の出したもので少しぬるついている。 「あっ…あっあっ、みしおぉ、や、ぁッ…」  甘えるみたいな声で呼ばれて、また呪いの言葉を吐きかける。ただもう少しだけ話がしたい。 「俺のこと嫌いなんだろ」 「嫌い、嫌いぃっんあっ、ぁ…」  中途半端に勃ったものが小さく動いていた。 「俺は好きだよ、能登島」  ただ会話の延長で呪いの言葉を吐こうとしただけだった。それなのに。言いようのない妙な心地がした。浮遊感にも似ていた。稲光を見た時のようにも感じられる。 「やだ、やだやだやだ!」 「…っ、」  呼ぼうとして喉が詰まった。こいつの名前を呼べなくなる。 「……怒った…?」  止めてしまった指をまた掻き出すために動かした。多分振り返ってたこいつの顔を見られない。 「その、ゴメン…美潮」 「……っ」  呪われてたのは俺のほうだった。こいつが好きだ。苦しい。好きだ。こいつが好きで苦しくなる。

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