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第53話
-星-
俺の上で新寺が腰を振る。勢いを失えばローションで扱かれ勃たされる。終わってもまだあの粘りと手の感触が股の間に残っている。だがそこに快感も情欲もなかった。むしろ嫌悪感に吐気が止まらなくなる。マンションに帰れなくなって近くの川に車を停めた。行政から放置されたような場所で草は伸び放題だった。ピクニックテーブルのようなベンチは朽ち、小さな公園の遊具は錆び付き塗装が落ちている。住民からも忘れ去られたような場所だった。しかし川に沿って並木道があり、季節になれば桜が花開き、鯉のぼりが上がる。そうでなくても犬の散歩やランニングには使われているようだった。すぐ近くに工場があるためにそこの従業員が弁当を食らっていることもあった。今日は誰もいない。水かさの少ない川を眺めながら雑草の生い茂る法面 に腰を下ろす。まるで悩みや陰鬱など無いような長閑な空気感がある。形も輪郭もない漠然とした俺の鬱屈は些事だと嘲笑われているような、そのことに重みを覚える俺を否定しているような、そんな感じがする。となれば自然に否定された俺は生きていける自信がないどころか、生きる意思さえ無いような気がした。穏やかな風に焦る。込み上がる感覚を呑み込んだ。帰らなければならない。スマートフォンが鳴って新寺からメッセージが来ていた。叫びたくなるような衝動が生まれた。空は青い。ドライブがてら遠回りをしてマンションへ帰った。玄関から駆けてくるショウタを抱き上げると感情が溢れ出た。少し遅れて燈も迎えてくれる。涙が抑えられなくなった。燈は何も言わないでくれた。ショウタは俺の腕の中で喉を鳴らしてくれる。幸せだと思った。同時に早く消えたいと思った。夜には大神が来る。何も言わずに俺の傍に立っていてくれる。俺は彼に助けてくれと念じた。口も手足も動かないから。それから喉の渇きと汗で目が覚め、何故自分のことばかりで今の大神の状況を慮ってやらないのか自己嫌悪に陥った。あれが大神でないことなど、もう夢をみていられない正気(あたま)がよく分かっている。それでもあれを毎晩大神だと認識した。幼い頃の俺。身体を引き摺るように自室に戻った。ショウタもついて来る。この子が自由に行き来できるようにどの部屋もドアストッパーを置いていた。トイレや浴室は完全に閉じることもあるが俺たちの部屋はこのストッパーで常時隙間が作られる。賢いショウタは焦げ茶の毛に覆われた足でそこに手を引っ掛けて好きに出入りする。サイドチェストが気に入っているようでそこに柔らかなタオルを置くとそこが特等席になっていた。俺たちがリビングに行けばショウタもキャットタワーに登り、俺たちを観察する。その姿は悶え苦しみ、胸を掻き毟り、のたうち回るほど可愛かった。
「輝」
廊下で燈が呼んでいる。
「すまなかったな。ショウタのことも」
「そんなこと気にするな。何か腹には入れたのか。飴や水だけではいけない」
「…朝に、パンを食べた」
嘘だった。だが心配はかけられない。罪悪感がさらに胃を絞る。ショウタは俺の膝の間に入って鳴く。その小さな頭を撫でた。股の間にはまだ新寺の感触が残る。逃げたい。合わされた唇の感触まで気持ち悪くて仕方がない。口が閉じられなくなる。唾液が溢れていく。胃が攣った。不快感を抑えられず手近な瓶を掴んだ。楽になりたい。身体中を這う厚い手と媚びたような声が腹を殴り続けた。鼻に残る匂いは公衆便所よりも臭い。洗ったはずの汗が俺の皮膚の下まで染み込んで腐食させる。吐きそうだった。ショウタに吐物をかけてしまいそうでドアに向けて放す。半分ほど減ったスポーツドリンクで残り少ない錠剤を流し込んだ。スポーツドリンクの糖分と塩分が空の胃を満たすはずだった。逃げたい。スポーツドリンクは逆流しそうな胃液をそのまま沈めてくれた。窓辺に人が立っている。かち割れた頭と外側を向いた右手はアスファルトに叩き付けられたばかりの大神だった。俺を見て笑っている。軟派で軽率で、この世に飽きたようないつもの笑みを浮かべる口から胃液が漏れる。あれだけ心配してくれたのにごめんな。膝が震えた。目眩がする。飲み下したスポーツドリンクの味が喉奥に響く。
-泉-
のっちはぼくの姉貴によく可愛がられて、ちょっと目を離したらアイスなんかもらってた。ぼくには絶対くれないのに。ぼくに懐かないうさぎまでのっちの膝の上で鼻ぴこぴこさせてたし、喋る鳥もなんかぺらぺら喋ってた。泰祐勉強しろー!ってさ。鳥にまで?さすがにヘビにはのっちもドン引きしてたケド。
「泰ちゃん家って動物園みたいだね」
「非常食だケドな」
姉ちゃんはのっちのことも気に入ったみたいだった。非常食4号にされるぞ。部屋に連れて行ったらのっちは水槽を眺めた。エンゼルフィッシュのスリミとツミレ。カノジョたちも珍しがるケドペットショップ行けばフツーに売ってる。滑車がカラカラ回ってそっちも見てた。ジャンガリアンハムスターとかいうネズミ。これはなんかセフレが飼えなくなったとかで置いて行ったから飼ってる。名前はペスト。
「泰ちゃん家、すごいね」
「エサやってみる?」
「うん」
滑車回してたペストはなんか鼻をクンクンさせてた。ぼくはのっちにネズミのおやつの袋を渡してエサ箱を教えた。大福みたいな餅みたいな姿でペストは巣箱に帰っていく。ぼくはツミレとスリミの水槽にエサをまぶした。
「かわいい」
「のっちほどじゃないよ」
のっちはちょっと照れたようなカオした。それで部屋は暗いケドまだちょっと外はそんな暗くないのにぼくは汗臭いままのっちに迫った。ベッドはすぐそこ。ペストはまた巣箱から出てきてぼくたちを見る。虚空の匂いを嗅ぐみたいにくんくん鼻を突き出す。ぼくものっちにくんくん鼻を突き出した。のっちは汗臭いからってちょっと躊躇った。風呂入っちゃう?でもこれからもっと汗かくよ、きっと。は?じゃまた風呂入ればいいじゃん。
「のっち、先にシャワー浴びる?」
耳元で訊いたらのっちはぴくんってした。あれ?ここってラブホだっけ?自宅だよな?
「先に、シャワー浴びても、いい?」
「どーぞ。一緒に入るか?」
「だいじょぶ…ひとりで入れる…」
んじゃそれで全部終わったら2人で入ればいっか。のっちを風呂場に案内して、ぼくはムラムラした。セフレとかカノジョといっぱい交尾したベッドを見下ろした。よく見ておけよペスト。お前は繁殖活動できないしさせないケド、これからここで雄交尾するから。10分くらいでぼくのかわいい柴犬は戻ってきた。髪洗っちゃうところもすごくかわいい。姉貴のプーシャン使ったみたいで甘い匂いがした。いつもぴょんぴょんの毛も落ち着いて雰囲気違ってみえる。
「ぼくもすぐ浴びてくるから待っててね」
水滴ぽたぽたしてる頬っぺたにチッスした。一発抜いちゃいそうだケド我慢してシャワーを浴びる。目的はまずのっちのキスマ上書きするコトだから。たった10分もしないシャワーがすごく長く感じて、タオル腰に巻いて自室に戻った。リビングの姉貴にうるさかったらごめんって言ってある。動物大好きな姉貴は弟の交尾事情にも寛大だった。部屋に戻るとのっちはなんか姉貴のもっこもこの部屋着パーカー着たままぼくのベッドに寝ちゃってて鼻血吹きそうなった。パンツはぼくの。姉貴に訊きにいったらサイズでかいの買っちゃったらしくて寒そうだから貸したとかなんとか。ぼくのパーカーでも良かったのに。もっこもこの羊さんみたいなパーカー羽織って寝てるの可愛すぎてちんこ爆発しそう。でも寝てる相手にいきなりどーこーしちゃうほど腐ってねんだわ、ぼく。
「のっち」
頬っぺたぷにぷに押したらのっちは眠そうにぼくを見た。
「ゴメン、寝ちゃってた」
「いいよ、そのまま寝てて。ンじゃ、始めるからね、楽にして」
のっちを仰向けにしてキスマだらけの首に口を近付ける。
「ちょっと、怖い…」
「手、繋ぐ?」
「…ダイジョブ。ゴメン、変なこと言って」
「鼻歌うたっててやろっか?」
のっちは首を振った。首筋のキスマひとつひとつをぼくは口付けた。キスマってあんまりやると危ないんじゃねっけ。これって結局、痣だから、破れたところ補修してた膜が血流で流されて栓になったら危ねーぞって原理。前に言われたことがある気がした。キスマってドラマチックなのにねー?愛でコロスってやつ?怖。数えるみたいにキスマの上をチュッチュちゅっちゅしてるだけで、いやらしい気分になってきた。
「…ん、泰ちゃ…」
「くすぐったい?」
ちょっと顔を上げる。濡れていつもと違う髪とか甘い匂いとかもこもこのパーカーとか、すごく守りたくなっちゃう。ぽやーっとした目もムラムラしてそうだった。のっちは首を振ったケドやっぱちょっと不安そうだった。
「だいじょぶだよ、のっち。ダイジョブ、ダイジョーブだからね」
やっぱお手々握ることにした。首から鎖骨を舐めて、鎖骨から胸。ふわもこのパーカーが顔とかに当たって、なんか変な性癖に目覚めそうだった。ファスナー開けておっぱいが見える。乳首が可愛くなってたからちょっと触った。
「ん…っ、」
のっちはぴくんって動いて可愛いからもう一回くりって指で捏ねた。
「泰ちゃ…、そこ、痛いから……」
「痛い?」
こくんって頷く。毎日触りすぎたかなぼく。擦り剥いたら舐めとけ理論でぷっくりした乳首ペロッと舐めといた。ぷりってした粒感はクセになっちゃってペロペロしたくなっちゃうから我慢、我慢。でもガマン汁は止まらない。
「んんっ…ぁ、」
ぷっくり乳首の周りにもいっぱいキスマがあるからそれにも一個一個チュウした。くすぐったいのかのっちの身体は強張って、腰は引いてる。胸が終わって、脇腹。それから結構形の綺麗な臍。焼畑農業みたいに薄いお毛々の周り。これ王子様じゃないなら誰が付けたんだ?ただのムラムラで付けたんじゃないでしょ。今はのっちが履いてるぼくの見慣れたボクサーパンツのゴムを引っ張った。のっちはちょっと恥ずかしがる。
「今更よ、今更。見せ合いっこも抜きっこもしただろ?」
「…うん」
「恥ずかしい?オニイチャンって呼ぶ?」
「ダイジョブ」
のっちは拗ねたみたいに言ってボクサーブリーフの裾を股関節まで捲った。ぼくの楽しみだったんだケドな。ンでぼくはまた腿から膝までの内側の蕁麻疹みたいなキスマに上書きチッスしてた。気付くとのっちのちんこはぼくのボクサブリーフを押し上げててた。ぼくがチュッチュちゅっちゅしてる時にぴくんぴくんしてたのはくすぐったいからだと思ってたケド。
「のっちボッキーしちゃったね。抜こっか」
「ダ、ダイジョブ。トイレ、借りてい?」
「つまらないこと言うなよ、のっち。な?ここにちょーカッコ良くてえっちの上手いオニイチャンが居るんだかっさ」
逃げようとしてベッドに四つ這いになったのっちのパンツのゴムを掴んだ。どーせぼくのパンツだから多少はね?でもその時に見えたのっちのケツの不自然な黒を二度見する。変なところに生えたケツ毛でもなく、海苔貼ったみたいな黒。何かゴミ付いてんな?って思ったケド、ゴミじゃなくてのっちのケツに書いてあった。肌に。皮膚に、直接。正って見えた。
「のっち、ケツどした?」
のっちはちょっと涙ぐんだ目でぼくを振り返った。
「何が…?」
「ちょっと、よく見せて」
パンツのゴムを引っ張る。腿の後ろ側に書かれてる正正下って輪姦AVで見たことあった。妙に慣れたfuck meの文字もなんか。尻持ち上げたら穴赤くなってた。この前の綺麗な縦割れがラズベリーみたいになってんの。しかも腐った太陽みたいなマークまで描かれてんの。ストリートアートでよく見るまんこのイラスト。洋モノAVカブれかよ。
「今日ダメ…!この前みたいなの、できないから…!」
ガチめのレイプされてね?これ。まぁ女と違って男なら頑丈だし受精 デキないし失うものそんなないし、犬に噛まれた…っていうと狂犬病怖いケド、猫に引っ掻かれたくらいに思っとけよ。とりま、ドンマイ!
…………って思ったんだケドさ、ぼく、カレシとぼく以外の男に手、出されんの嫌いなんだよね。カレシがいる相手 に唾付けたのぼくなんだよね。ぼく、自分が唾付けた人間を横からカレシでもない男に掻っ攫われんの無理みが鬼なんだよね。ぼくは嫌がるのっちを無理矢理抱き締めた。ペストが必死に滑車を回してる。ふわもこパーカーが気持ち良い。甘い匂いがする半乾きの髪の毛にすりすりした。もこもこな布と背中にぼくはぼくのボッキーを押し付けちゃう。
「のっち」
「硬いの当たってるよ、泰ちゃん…」
「ごめんな、下心丸出しで」
目はぎこちなくて、緊張してて、なんかのっちが知らない子みたいだった。ペストの滑車の音がぼくを焦らせる。
「王子様にも縁 にも言えないコト、ぼくに言ったらいいや。傍に居っからさ。のっちが入る分、ぼくまだ余裕ある」
ペストの滑車がガッシャガッシャ鳴った。あれ?ぼくなんでこんなコト言ってんの?なんか恥ずかしくなってきたんだケド。のっちはぼくを見上げて、何か言おうとして、多分そのちょっと苦笑いめいたカオからして同じこと思ってそうだったからやっぱ恥ずかしくてチュウしちゃった。
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