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第63話

-雨-  ショータは妙に人懐こくてオレは少し不安になった。駐輪場のところでやっと放してもらう。 「は~、笛木ちゃん居残りしてたの?」 「そ。ちょっと他の部活に顔出してさ。サッカー部の練習もばっちり見てたよ」  美潮と別れた。ちょっと想像してなかった変な嬉しさがあった。ショータと付き合うのは美潮だけがいい。そう思っていたつもりで、実際別れたと聞いたら嬉しさが出てきた。欺瞞(ウソ)ばかりだな、全部に対して虚栄(ウソ)ばっか。  自転車(チャリンコ)連れてるショータと駐輪場を出たら目の前をガツガツした女子に絡まれてる新寺がいた。新寺はオレたちのほうに気付いて、ヘラヘラ媚びるように笑った。まるで女にモテるのを誇示するみたいに。オレの前では情けない顔してちんぽシコってたのに。 「バイバ~イ、新寺しぇんしぇ」  緋野はもういないから、今ならオレの前でポコチンを千擦りしてもいいんだよ。 「気を付けて帰るんだよ」  新寺しぇんしぇはそれでショータを見た。 「礁太も、気を付けてな」 「……うん」  ショータの可愛い返事が聞こえた。新寺しぇんしぇと仲良かった気がするから何か喋るのかと思った。取り巻きの女子に(ひる)んだのかな。ちょっと挙動不審(キョド)ってる。 「ショータ?」 「うん?うん、帰ろ」  誤魔化すみたいにショータはニコッてした。可愛いと思うケド、何か隠してるなって分かると心配でオレはショータを相手にすると過保護になる。ショータのことがありもしない想像をして心配になって泣いちゃうこともある。女体(おんな)なんだなってよく分かった。オレは女体(おんな)なんだ。それを知らしめるように生理が来る。オレが守れるのならオレが守りたいと思って、オレは守られる側。アニメや映画の女みたいにぎゃーぎゃーピーピー言って守られる側なんだよ。 「笛木ちゃんさ、誰かと付き合ったコト、ある?」 「ない」  あーしのキャラクターではありそう。オレはない。オレは女が好きで、今はショータが好き。あーしのキャラクター守るために男と付き合うなんてムリ。あーしのまま、あるって答えたほうがショータの知ってるあーし?でもオレはショータひとりの前であーしで居られなかった。気付いて!なんて思うのもバカバカしい。気付くな。 「さっきの子、みた?」 「新寺しぇんしぇといた子?」 「違う!部室にいた子」 「あ~、あのお人形みたいな子ね」  髪の毛がさらさらで豆腐みたいな1年生。入学当初から有名だった。美少年とかなんとか。オレは豆腐とかゆで卵しか食わなそうだなって印象しかなかった。 「カノジョ募集してるんだってさ。笛木ちゃんが前に言ってたタイプとは全然反対だけど、どう……かな」 「やだ、ショータ!女紹介してって言われたの?」  分かって欲しくはない。だからショータは何も悪くない微塵も悪くもない。それなのにオレがひとりで傷付く。オレがショータにとって異性(おんな)でもショータにとっては恋愛対象(おんな)じゃない。それで良かったしそれが良かった。だからオレはあーしでいられた。あーしでいる意味があった。オレは男体(おとこ)にはなれないしショータにとっても男じゃないから。 「違うケド……カノジョ居ないアピールがすごかったから、そういうコトなんかなって………2人の仲をトリモテルような女の子って笛木ちゃんしか知らないし、笛木ちゃんは可愛いし、あの子、武中(たけなか)っていう1年なんだけど、武中はクマさん系じゃないけどカッコいいしでさ」  美男美女カップルなんて言葉を使うショータはちょっとなんだか自信が無さげだった。卑屈っぽい。 「あーしは付き合うとか今はいいかな。友達といるのが一番楽しいし」 「そうだよね。うん、そうだよ。変なこと言ってごめんね」 「ま、あれだけモテてカノジョ居ないって騒いでるんじゃ多分自慢か嫌味でしょ」 「そうなんかな?そんな感じしなかったけど」  ショータは首を捻った。優しいショータが好き。どうして美潮と別れたの。オレ、また迷うじゃん。美潮みたいな性格以外完璧な男の傍に居ろよ。オレが理想像(おとこ)になったところでどうせ手の届かないところに。 「それかよっぽど理想が高いか」 「う~ん、それはあるかも。潔癖症みたいだし」  オレの歩幅に合わせてショータは自転車(チャリンコ)を転がした。鍵に付いてる鈴が鳴ってた。もう少ししたらショータとは別々の道になる。また明日会えるのにオレはそれが悲しい。今日はショータと一緒に帰れて嬉しいのに。 「笛木ちゃん」 「うん?」 「美潮と色々あって仲悪くなっちゃったけどさ、明日から仲良くする。仲良くするっていうか、うーん、仲悪くしない。笛木ちゃんのコトも色々巻き込んじゃったでしょ。だから」  別れるところでショータはオレをフツーに見てた。ショータのほうがちょっと背が高い。美潮やサトちゃんといた時は小さく見えたのに。外灯の光がデカ目効果を付けるからいつもよりもっと目がデカく見えた。 「なんで?美潮と何かあったん?」  オレは知らないフリをした。何でもかんでも、オレはショータが好きだケド言えないことのほうが多くて、ホントのことより欺瞞(ウソ)のほうがずっと多い。好きだからだよ、間違えんな。別に正当化するつもりもないケドな。 「仲悪くなっちゃったから、仲良くなれる方法をとったんだ。前みたいに、美潮は独りが好きで孤高のイケメン優等生として関わんなきゃダメだなって。今まで、なんかホントに近い感じだったじゃん?オレたちズッ友!みたいなさ、わちゃわちゃ~って。ああいうの、オレと美潮には合わなかったからさ。こう、やっぱオレみたいな頭すっからかんなヤツに対等に話しかけられたりするの、イヤだったみたい。プライド、高いじゃん、美潮って。だから、うん、まぁ、あれだね。同じクラスって枠だけで、別に無理繰り仲良くする必要なかったし、セツドヲモッテ関わんなきゃダメだなって、思った」  ショータは自分でも何を言ってるか分かってない感じがした。オレは美潮と別れたってコトを知ってるから何となく意味は分かるケド、なんかあのろくでなしの日和見(ひよりみ)バカ野郎が誤解されるような言い方で別れたんだな。気にしてるんだショータ。そりゃ気にするわな。 「でもちゃんと挨拶(オハヨー)するしさ。みんなにしてることは、ちゃんと…ね」 「何て言われたんだよ?みっしーに」  これ聞かなきゃ帰れないよ、オレ。腕組んじゃったし。ショータは肩落として声もトーンダウンしてさ。可哀想だ。 「……まぁ、だから…要するさ、うーん、分かってたコトだけど、釣り合わないってさ。オレ、前から何度もそんなようなコトは言ったんだけど、やっぱ向こうから言われると、ちょっとガーンってなるね。これでもオレなりに頑張って、色々ガマンしてたつもりなんだケドな。もっとヒドいこと、オレのほうがいっぱい言ったから、仕方ない」  ショータはヘラヘラ笑ってガリガリ頭を掻いた。オレは美潮の言い分をさっき聞いたばかりだった。成績はオール5かも知れねぇケド実質国語2くらいだろ、あいつ。何も伝わってないじゃん。綺麗な声しか使い道ないなら意思持って喋んなよ。 「それって、ショータの明るさにみっしーが付いてけないってイミじゃなくて?」 「そんなワケないよ。でもありがと。そう思うコトにする。聞いてくれてありがとな、笛木ちゃん!」  オレの全力のフォローは空振った。ショータは自転車(チャリンコ)を跨ぐ。 「また明日ね」  オレが行くまでそこで見送ってくれるつもりらしくて自転車に跨って漕ぐこともなくショータは大きく手を振った。オレのほうが、ずっと、ショータのコト心配なんだよ。ショータ。そんなの、ショータは別に知らなくていいケド。  だから、下駄箱に写真が入ってた時は驚いた。明らかな暴行の写真だった。ショータは縛られて制服を脱がされて泣いてるのが分かった。暗い部屋でフラッシュが焚かれたあの変な明るさの生々しい写真。オレは訳が分からなくなってラブレターみたいな封筒に写真を戻した。留めてるシールがハート型なのに意識がいって初めて感情が湧いた。こんな時にオレの頭にあったのは美潮で、買い被り過ぎてる自覚(つもり)はあるけどショータのコトで頼れるのはあの腰抜けしかいなかったのもまた事実。もっと別の内容(こと)なら職員室にでも警察にでも相談したケド、こんな話誰にできるのさ?美潮が別れたことはもう知ってる。もう関係無いっちゃ関係ない。でもオレは美潮を頼るしかなかった。クラスに駆け込んだら美潮は本を読んでた。いつもは本なんか読まないくせに。 「美潮!」 「ああ、おはよう」 「はぁ?」  誰こいつ。オレ違う人に声掛けちゃったんじゃないの。でももう腕掴んじゃってた。 「みっしー?だよね?」  実は全部夢で、オレはこれから自分の部屋のベッドで目が覚めるとか。 「なんだ」  美潮は本に栞を挟んで立ち上がった。オレを見下す面構えは柔らかい。美潮じゃないみたいだった。トゲトゲがなくなった。トゲナシトゲアリトゲトゲな美潮になってる感じがする。なんで? 「ここでできる話か」 「あ~。ちょっと、じゃあ、来て」  オレのほうが何話すのか分からなくなってた。美潮を引っ張るだけ引っ張った。前は触るだけで振り払ったくせに、今は軽々と付いてくる。何の話しようとしたんだっけ?って。ショータだよ。この美潮の皮被ってるなんか不気味なやつの元カレの話。 「美潮…?」  この美潮は美潮なのか分からなかった。美潮だよな。中身に違う(もの)が入ってる気がする。改めて向き直った美潮の目はやっぱりいつもの殺伐とした野良猫みたいな目はなくて、透き通ったガラスみたいな目があった。それが気持ち悪い。ショータと別れて1日で変な宗教ハマったとかじゃないよね。 「礁太のことか」 「分かってるじゃん」  綺麗に畳まれた紙を渡されて、オレはそれを広げた。礁太の悪口が書いてあった。それもよくあるバカだのアホだのシネだのいう悪口じゃなくて、淫売だの公衆肉便所だの、中出し希望だのなんだの。 「俺たちの関係を知る奴の仕業ならすぐに止むだろう」 「止まなかったら?」 「知らないふりをするしかない。俺と礁太は、……クラスメイトに戻った」 「でも付き合ってた」  野暮野暮の野暮ッティーニなコト言ってるのは分かってる。でもオレもなり振り構ってられなかった。ショータがこんなことされてんのに黙ってるなんて。オレは自分が頭悪いコト知ってるんだよ。 「昨日までな」 「ほかに好きな人でもデキた?」 「まさか」  なんか美潮、やけに素直で怖い。ショータと別れて気が狂ったんだと思う。台風の目ってやつ?この台風国家で、多分この国の人たちって嵐の中で一旦静まる恐ろしさみたいなの知ってると思うけどそれ。 「じゃあ…」 「別れた。俺から切り出した。俺から近付かないし関わらない。それが俺にできる礁太に対する誠意だ」  オレの手から誹謗中傷のビラが抜けてった。 「これは捨てる」 「ショータがそんな目に遭ってるのに黙って見てる気かよ?」 「関わらないと決めた以上は。ただのクラスメイトに首を突っ込む資格はない」  何それ。何だよそれ。日和見(ひよりみ)野郎。腰抜け。スカポンタンのおたんこなす。顔だけ男。肝玉(タマ)なし。元カレのくせに。そのことまで無かったことにするのかよ。未練たらたらあんぽんたん。 「おはよ笛木ちゃん。と、おはよ美潮」  一発ぶん殴ろうと思ったのにショータの声がしてオレは美潮をぶん殴れなかった。ショータは裸足で、でも靴下も便所サンダルも手に持ってた。美潮は気取ったコト言っておいて緊張してた。はっきりしろや。 「…おはよう」  ショータはヘラヘラ笑ってオレと美潮を見比べていた。それでちょっと苦笑いする。 「ショータ、どした?なんで裸足?」 「ちょっと足洗いたくなっちゃって」  嘘吐くときの変な笑い方だった。片方の頬っぺただけ変に持ち上がる自覚あるのか?オレと美潮の話はまだ終わってないのに、オレとショータが話してたら拗ねて美潮はクラスに戻っちゃった。ショータはそれをちょっと気にした。 「みっしーの問題だから気にするコトないっしょ」 「そうなんかな」 「あれであのおすまし顔の下じゃまたやっちまったってオロオロしてるよ」  ショータはオレに引っ付いた。昨日の帰りみたいに。ショータは弱ってる。絶対なんかあった。でもショータがオレを頼ってて、オレに弱みを見せてて、オレはそれをオイシイと思ってて、サイテーだ。ショータが追い込まれてるコトを喜んで、バカみたいだ。 「笛木ちゃん…」  ショータは体当たりするみたいにオレを押しこくった。何か伝えたがってる。分かってる。でもオレが知ってるだなんて知りたくないだろ? 「みっしーのコトなら大丈夫だって。だって前から、あんな感じだったっしょ」  だから敢えて的外れなことを言う。ショータは口だけで笑って、オレは守りたくなっちゃう。

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