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第3話

何日か経った後街へ買い出しに行くと、あの甘い歌声が聞こえてきた。フェヌアの姿は昼夜問わず街の至る所で見られるようになった。いや、小生が今まで気づかなかっただけかもしれない。 今日は飲食店のテラスの片隅で、椅子に腰掛け弦楽器を鳴らしていた。弦から弾き出された音の粒がゆったりとしたメロディの中を漂う。厚い唇が白い息に煙り、時折覗く赤い舌がどこか蠱惑的だった。エキゾチックな美少年の異国情緒溢れる佇まいは行き交う人々の目を引くらしく、地面に置かれた皮の袋には小銭に混じって折り畳まれた札も入っていた。小生も1枚硬貨を入れてやると、無邪気に声を弾ませ礼を言っていた。こちらまで嬉しくなるような快活さと素直さだった。 「マオリさんですか?」 小生が驚いていると、鼻をひくつかせながら、砂の匂いがすると厚い唇が弧を描いた。 鼻が効くのか。フェヌアも獣人なのだろうか。 小生は彼の手にそう書こうしたが、獣人だと分かってしまうのではないか、拒まれてしまうのではないかと思うと触れることすら躊躇われた。 「お、終わったのかい」 店主らしき中年の男が出てきた。フェヌアは小銭を3分の1ほど渡し、丁寧に礼を述べて去って行った。店主に話を聞けば、ああやってあちこちの店で演奏しているらしい。店に客が入る事もあるのでそこそこ人気が出てきているという。 「金のかわりに夜の相手もしてくれるって話だぜ」 店主は一瞬下衆な笑みを浮かべたが、 「ま、俺にはそっちの趣味はねえがな」 と豪快に笑って打ち消していた。 小生は街に出るときフェヌアの姿を探すようになった。此処らでは珍しい褐色の肌が行き交う人々の間に紛れてやしないか、雪に白く染まる街並みに黒い髪が波打っていないか。 やましい心算があるわけでは無い。宿で歌ってもらいたかったのだ。故郷の歌を、ゆっくり聞きたかった。そして、フェヌアも温かい場所でゆっくり出来ればいいと思った。 だが、探し始めると見つからないものである。 そして、ある時、ついに小生の宿屋にやって来た。客らしき男を伴って。 ギルドの制服を着た無愛想な男は、一晩世話になるとだけ言って、宿泊室の並ぶ二階に上がって行った。フェヌアが杖を突きながら追いかけるも、男の姿はもう見えなくなっていた。小生は胸が騒ついた。ぞんざいな扱いを受けてやしないか心配になる。かと言って見に行くわけにもいかないし、その勇気もない。天井から聞こえる二階の床の軋む音が、今日はやけに耳についた。 とにかく心が落ち着かず、せめて温かい飲み物でも用意しておいてやろう、と椅子から立ち上がった時だった。 表から吹き込む冷たい風が、ストーブで温められた空気を切り裂いた。宿屋の入り口が、勢いよく開け放たれたのである。 「・・・金を出せ」 静かな、絞り出すような声だった。その人物は皮で出来たナップサックを背負い、手にはナイフが光っている。小生は声を上げるのも忘れて、凍りついたように固まった。 ナイフと同じように目をギラつかせているのは、フェヌアよりも年下の少年だったからだ。

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