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第4話

小生はメモ帳を取ろうとポケットに手を入れる。 妙な真似はするな、と少年はナイフを突き出す。獣のように息をしながら、金を持ってこいと再び告げる。 「早くしろよ!早くしないと・・・」 少年の声に恐れが混じる。誰かに脅されているのだろうか、それともーーーー 小生は少年をじっと見つめる。少年は背後に目をやっていた。元締めか見張りが表にいるのだろうか。しかし、金を取りに行こうと身動ぎすれば動くなと脅されるし、言葉を発することもできない。膠着状態が続いた。 「オイ、何やってんだよバジル」 外からローブをきた男が入ってきた。 バジルと呼ばれた少年は青ざめガタガタ震え始める。 「やめて、お願い、ごめんさな」 言い終わらぬうちに、男の拳によってバジルの身体は壁まで吹き飛んだ。バジルは呻いた後、跳ねるように起き上がり血相を変えてナップサックの口を開いた。 「クミン、大丈夫か?!」 「ったく、気持ち悪りぃんだよ!さっさと捨ててこい!」 男はバジルの腹を蹴り上げる。それでもバジルはナップサックをしっかり抱き抱えていた。 小生は堪らず階段下の物置に走った。 「オイじいさん逃げんな!」 怒号が追いかけてくる。 しかし、逃げるつもりなど毛頭ない。箒やスコップと一緒に雑然と立てかけてあるそれを掴み、男に向かって薙いだ。男はすかさず後ろに下がる。 巻いてあった布が落ち、長い柄の先に舌を突き出したような形の穂先がついた|槍《タイアハ》が姿を現した。故郷から出るときに持って出た武器だ。また使う時が来るとは思わなかったが。 「なんだよ、穂先も木で出来てんじゃねえか」 男の振り下ろした剣は、あっさりと穂先を折った。しかし、これは刃だけで戦う武器ではない。小生は柄を前に持ち替え男の剣を柄で受けた。こちらは硬く刃を通さない。体勢を整えようとする男の鳩尾を渾身の力で穿った。身体をくの字に折った男の後頭部にも一発入れる。 男は呻きながら後退り、入り口に背をつける。 金を突き出せば、男は引ったくって飛び出して行った。 バジルは小生に飛びついてきた。 「お願いだ、オレにも金をくれ!妹が死にそうなんだ!」 バジルが抱えるナップサックの中を覗けば、幾重にも布に包まれて小さな赤ん坊が眠っていた。しかし、肌は黒ずんでいて小さな手は硬く閉じられている。そして氷のように冷たい。 町医者のカモミールも呼んだが、一目見て鎮痛な面持ちで首を横に振っていた。 「嘘だ!寝てるだけだから・・・!寒いから・・・!」 バジルは青い顔をして叫んだ。 「き、昨日まではふにゃふにゃ泣いてたんだ・・・医者に見せれば治るからって、 金があれば連れてってやるって・・・」 顔は白くなっていく。声も、身体も震え、バジルの方が凍え死にそうな有様だった。 「・・・クミンを助けて・・・」 「なあ、バジル君・・・やっけ。この子な」 カモミールはなるべく優しい声色でバジルに話しかける。 「いやだいやだいやだ!オレ、兄ちゃんなのに・・・クミンが死んじゃったら、オレ・・・オレ・・・!」 「アンタのせいやあらへん、バジル君はよう頑張ったで」 「お前に何が分かるんだよ!いい、お前がダメなら他の医者んとこに行く」 バジルはナップサックをひったくり表へ飛び出そうとした。小生は彼の両肩を掴んだ。薄い服越しの肩は冷え切ってきた。このままではバジルも取り返しのならない事になりそうな気がした。 「離せよ!気色悪いんだよ!」 バジルは小生を振り払った。故郷の人間達の蔑みや畏怖の表情が思い出された。しかし、バジルの深緑色の瞳は絶望に満ちていた。 本当は、彼もわかっているのだ。妹がもう助からないことを。 「僕にみせてご覧よ」 階段の上から、杖をつく音が聞こえてきた。

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